EX2-13 宗家2

 門を潜ると視界が一瞬にして晴れる。
 先程まで視界を遮っていた霧が嘘の様だ。やはり何らかの結界だったらしい。
 恐らく後を振り返れば、高い場所からの雄大な景色があり麓の町を見下ろす事が出来るだろう。
 だが今は振り返ってのんびりと景色を眺めている余裕は無さそうだった。
「遠路遥々、御苦労様でした」
 労いの言葉を放ったのは視界が晴れたのと同時に姿を現した若い女性。
 年頃は十六、七と言ったところ。長い髪は二つに分けて団子にし、紅白の袴姿には不釣合いな刀を腰に差している。
「部外者が訪れるのは二ヶ月ぶりです」
 どこか嬉しそうな口調で話す女性。その手は刀の柄に添えられており、すぐに抜刀できるよう半身をずらしていた。
 無駄になるんだろうなと思いつつも一応挨拶。
「こんにちは。黒河修司と申します。本日は神藤聡厳氏に呼ばれて参りました」
「はい、来客の旨は聡厳様より聞き及んでおります」
「そうですか。では取り次いで頂けますか?」
「ええ、勿論です。ですがその前に―――」
 構えを深くし、力場(フィールド)が練られる。
「聡厳様に会うに値するかどうか、試させて頂きます」

(うっわー、もう最ッッッ低ー)

 ある意味予想通りの展開に顔を歪めるが相手が待ってくれる気配は無い。
「神藤流第四位。紫藤(しどう)(みやこ)参る」
 霞むような速さでの突進。
「チッ」
 舌打ちして跳躍後退。
 今まで居た場所に右切上の銀線が奔る。
 滞空中、こちらの動きを目で追っていた相手と視線が交差する。
 着地後すぐに身構える。
 だが相手は追撃をかけず、楽しそうに微笑む。
「良い感じです、少年。やはりこうでなくては楽しくありません。二ヶ月前の来訪者は先程の一撃で伸びてしまいましたから」
「伸びて? 真っ二つにの間違いじゃなくて?」
 口角を上げ軽口を叩く。さっきの一刀で年長者に対する礼儀は失せていた。
 相手の刀に視線をずらす。刀の刃は反されていない。斬られれば断たれる。
 こちらの軽口に対し、相手は穏やかな笑みを見せる。
「その位の分は弁えています。それに本来なら木刀を使用していますから。真剣を使うことは滅多にありません」
 その稀有な例外が自分と言うわけか。本気で笑えない冗談だ。
「今回は聡厳様よりの御達しですので存分に()らせて頂きます」
 言って正眼に構える。

 心の中では『()らせて』の間違いだろとツッコミを入れていた。だがまぁ、第四位ならそれも当然か。一般の感覚で言えば余裕で化物に認定されるレベルだ。
 こちらも身構えながらどうしたもんかなと頭を捻る。
(勝ってもイイもんなのかね?)
 無位無段の自分が。第四位相手に。
 楽勝とは言わないが、労せずして勝てるだろう事を頭の中で冷静に分析する。

 先手を取ったのは相手。
 一足飛びで距離を詰め、袈裟切り。
 それを回避し、前へ。
 攻勢に転じる。
 拳と脚に力場を集め、相手の動きを牽制するために連続して攻撃を放つ。
 五発目の拳が空を切ったところで、再び後退し距離を空ける。
(参ったな)
 ただ勝つだけならば問題無いのだが、なるべくなら女性を傷付けるのは避けたい所だ。ただしそうなると難易度は格段に跳ね上がる。
 更に言うならその他の相手を油断させる為にもできるだけ実力は隠しておきたい。
(その辺の匙加減が難しいんだよなー)
 内心で溜息を吐きながら、思考を高速で回転させる。

 相手を傷付けず無力化する方法は正攻法でなら三つ。
 一つはスタミナ切れを狙う。もう一つは急所に一撃入れる。そして最後の一つは敗けを認めさせる。
 スタミナ切れを狙うは止めた方が無難。先を見据えるならば体力は温存するに限る。
 では急所に一撃だが、そうそう隙を見せてくれるような相手でも無い。
 となると敗けを認めさせる状況を作るしかない。それも覆しようの無い絶対的な敗北をだ。
 他に正攻法で無ければ幾らでも手はあるのだが
(観戦者も居るみたいだしね・・・・・・)
 油断無く周囲に気を配る。
 検索(サーチ)出来るだけでその数は三。もっと居るかもしれない。
 今のところ手を出してくる様子は無いが、だからと言って最後まで大人しくしている保証も無い。

「手を(こまね)いて防戦一方ですか? それでは勝つことは出来ませんよ」
 暗にそれでは楽しめないと。根っからの戦好きなのだろうか、どこか失望したような口調。
 別にこっちは好き好んで闘っている訳じゃないと睨み返す。
 力場を維持したまま、五指を開き手刀を構える。
 それから一転して嘲りの笑みを浮かべ、かかって来いと指の動きだけで手招きする。
「―――」
 安い挑発だったが期待以上の効果があった。相手の表情に険の色が混じり、力場が膨れ上がる。一撃で片を付ける腹積もりらしい。

 草鞋(わらじ)が敷石を擦る音と同時、相手が動く。
 脚に溜めた力場を更に加圧(ブースト)し突進力を高め、そのまま前へ。高速で突っ込んでくる。
 攻撃は上段からの一刀。
 振り下ろされる刃に対して微動だにせず、軌跡にのみ神経を集中させる。
 通常なら回避不可能な間合いにまで刃が達する。
 相手は勝利を確信し、ほんの僅かに気を緩めた。だがその刹那より短い一瞬を冷静に見極める。
 額に迫る銀弧に対し、両の手刀で挟み、強制停止。
「!?」
 相手が驚きに目を瞠る、が遅い。
 刃に沿って手を滑らせ鍔をホールド。相手から武器を奪い取る。
「な!?」
 二重の驚きに思考の追いついていない相手。その手首を掴んで投げ飛ばし、地面に叩きつける。
「っ」
 受身が間に合わず強かに背を打ちつけ、肺から空気を漏らす。それに躊躇する事無く、奪った刀の剣先を相手の喉元に突き付ける。
 相手は突き付けられた剣先に息を呑んだ。
「―――さて、まだ試す必要はあるのか?」
 一対一では覆しようの無い状況。
 見下ろす形での問いかけに
「くっ」
 正常に働きだした思考で悔しさに歯噛みし、睨みつけてくる。
 その瞳を冷めた目で見返す。
 怒るのは勝手だが、それをこっちに向けるのはお門違いだ。挑発に乗らず、油断もしなければこんな屈辱的な負け方はしなかっただろうに。

 しばらくその状態が続いていたが、観念したように相手は息を吐く。
「参りました」
 その言葉に刀を納め一歩退く。
 もう一度、息を吐き自力で立ち上がろうとする相手に手を差し出す。
「・・・・・・」
 差し出された手を見て相手は一瞬呆けたように動きを止めた。
「・・・・・・不要か?」
 問いかけで正気に戻り、しどろもどろに言葉を作る。
「あ、いえ。あの、あ―――ありがとうございます」
 起き上がるのを助け、立ち上がった所で―――突き飛ばした。
「いたっ」
 尻餅をつき、怒りの籠った視線で
「何をするんです!?」
 抗議の言葉は、敷石から響いた鉄の音に途中でかき消される。
 敷石の上に落ちた手裏剣。
「悪ぃな。流石に三方向別々に同時だと二個弾くだけで精一杯だったわ」
 大して悪びれた様子も無く、言葉だけを女性に向ける。視線はすでに別の方を向いていた。その先には三人の青年が集まっている。
 服装は時代劇に出てくる忍者の格好を現代風にアレンジした感じの黒いツナギ。ちなみに顔は隠していない。
 歳は皆、女性と同じ位。三人とも怒気を女性に向けていた。
 真ん中に立つ青年が口を開く。
「この恥さらしッ!! 神崎の手の者に遅れを取るなどと。あまつ、その手を借りるとは何事か!?」
 言われ、京と名乗った女性は俯く。
 その遣り取りを見て、どうしようもなく口元を歪めてしまう。
「―――下らねぇなぁ」
 思いの外よく通った声に反応して、一斉に四つの視線が自分に集まる。それを気に留める事無く
「浅っせぇ懐だなぁ。何だそりゃ? 起き上がるのに敵の手を借りただけで裏切り者の暗殺対象か? しかも敵つっても精々内輪揉めの敵じゃん? ホンット、下らねぇ」
 嫌味ったらしく、言外に馬鹿じゃねぇのと。
 言われた相手は敵意を剥き出しにして咆える。
「黙れ!! 何も知らぬ余所者のくせに!!」
 おお、素晴らしい。まるで自分が当事者で、さも全ての事情を理解しているような口ぶりだ。
 危うく茶化すように口笛を吹くところだった。

 余所者であることは紛れも無い事実であり、変えようの無い現実。部外者たる自分が口出しする事では無い事も重々承知している。それでも―――

(奪われた側の痛みをコイツ等は理解してるのかね?)

 場違いな薄氷のような笑み。
 理解している訳が無いだろう。もし知っているならば、口を噤むか開き直るかのどちらかだ。
 だからコイツ等は理解した気でいるだけの、ただの阿呆だ。
 ならば手は抜いてやるが、容赦をしてやるつもりはない。

「人の闘いをこそこそ覗き見するような変態にだけは言われたくない台詞ですよねー」
「なんだと!?」
 いい感じに相手がエキサイティングしだした所で、女性に向けて唐突に問いを放つ。
「なぁ、紫藤さん・・・・・・だったっけ? アイツ等をぶちのめすのも試験の一環?」
 向けられた言葉に一瞬、意味を理解しかね、気付き、慌てて制止の言葉を紡ぐ。
「止めな―――」
 だが言い終わるより前に身体は動き、
「さい!!」
 言い終わった時には既に一人、向かって左に立っていた青年が地面を転がっていった。
 唖然とする残りの若者。遅れて構えの姿勢を取るがその間にも近接。
 裏拳、ローキック、おまけで鳩尾に柄の先を叩き込む。その衝撃だけでゴロゴロと7メートル位転がっていった。

 二人撃破。

 残りは中央に立っていた青年のみ。
 青年が手にした忍刀で斬りかかって来る。それを刀で受け、邪悪な笑みを浮かべて見せる。
「精々足掻けよ? 愚図野郎。それが無理なら語尾に『にんにん』とか付けて盛大に笑わせてくれ」
 挑発に対し青年は反論を試みるも、言葉に孕まれた強烈な悪意にたじろぐ。
 その所作で怒りが冷めた。
「ああ、その程度ね」
 正気に戻るような冷め方ではなく、興味が失せるような冷め方。失望、と言い換えてもいい。
「さっさと寝ろ」
 力場を溜め、強引に刀を振り抜き相手を弾き飛ばす。
「ぐっ」
 予想外の力強さに相手は呻き、姿勢を崩し後退。
 すかさず前に出て距離を詰める。
「終わりだ」
 勢いも熱も無い、ただ事実を告げるだけの平淡な声。
 刀を反し峰で相手の胴を殴りつける。これで肋骨は骨折確定。以上で下らない茶番から開放される―――はずだった。
 (すんで)の所で胴を叩く感触は返ってこず、もっと硬質の何かに阻まれる。
 阻んだ何かは力場に覆われた杖。そしてその先には
「なかなかやりおるのう、小僧」
 愉快そうな笑みを浮かべる隻眼の老人が立っていた。
 無表情を保ちながらも、内心ではあのタイミングで割り込みを掛けてきた事に軽い驚きを得る。

「聡厳様!?」
 驚きの声を上げたのは女性。それから慌てて跪く。見れば青年も同じように跪いていた。
 どうやら目の前に立つ爺さんが、今回の事の発起人らしいことを理解し無言で刀を退き、老人も杖を下ろす。
 そしてフムと唸り、値踏みするような目でこちらを見る。
「・・・・・・小僧が黒河修司か?」
「ええ」
 目を細めそうかと老人は呟く。そして唐突に背を向け
「儂に付いて来い」
 それだけ言って歩き出す。
 碌な挨拶も無く、相手の反応を見もしない。
 これでもし自分が付いて行かなかったら、結構間抜けだよなぁと想像する。
 実際にそんな事をしたら後々面倒な事になるのは目に見えているので実行はしないが。
 黙って付いて行こうと歩き出してから、手に持ったままの抜き身の刀に気付く。
 後を振り返って跪いたままの女性の所まで急いで戻る。
「コレ、返す」
 緩慢な動作で顔を上げた女性。柄の方を向けてから押し付けるように渡す。
「それじゃ」
 片手で挨拶をして取って返そうとしたが女性に呼び止められる。
「あの」
「ん?」
 泣き笑いのような困った顔で感謝の言葉を紡ぐ。
「ありがとうございました」
 刀を返した事に対する礼にしては変な表情が気にはなったが、その間にも老人はどんどん先に進んでいる。
「どー致シマシテ」
 釈然としないまま返答し、老人を見失わないよう急ぎ後を追った。



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