EX2-15 宗家4

 物々しい警報音が鳴り響いている。
 それを木の根元に座ってぼんやり聞く。
 すぐ近くを複数の足音が通り過ぎて行った。
 回りは低い木々で囲われている上に気配を殺しているので注意深く探さないと外からは発見出来ないだろう。
 倒しても倒しても湧いて出てくる追手をあしらいながら身を隠し今に至る。
 広い屋敷が慌しい雰囲気に包まれている中、その原因を作った自分が一息付いている事を考えると、なんだかおかしい。
 小さく笑みが零れると同時にふと感じる。
(眠いな・・・・・・)
 ぼんやりしたままの思考。体が疲労を訴えている。
 否、魔力の減少による倦怠感か。
 普通の場所より魔素が高かったから、魔法を使ってみたものの結果はこの様だ。尤も魔法を使わなければ相手の意表を突くことは出来ず、逃げる事も儘ならなかっただろうが。
 休んでいれば多少は回復するだろうがそれにしても時間が掛かる。
 しかも追われている身。こんな所で寝る訳にはいかない。
(どーしたもんかね?)
 コンディションが万全なら一人も殺さずに突破するのもそう難しくは無いだろう。だが魔力は切れかけで、しかも集中力を欠いているとなるとそれも難しい。
 そもそも追手の性質が悪い。こっちを捕縛する気が無い。殺る気満々。数はいっぱい。さらに相手はガキばかり。救いといえば相手が弱い事くらいか。
 明らかにこちらが格上だと理解出来るだろうに、それでも手を緩めようとしない。烏合の衆に成り下がらない辺り統率がよく取れていると感心はする。
 だがもし、今のような状況を実戦でも行っているのなら無駄に命が散って行くのだろうなとも思う。
(まぁ、俺には関係無いけどね・・・・・・)
 現実的な問題としてはこの状況からどうすれば脱する事ができるかと言う事だ。
 頭の回転を早めようと頑張ってみても、どうにも、こうにも瞼が重い。
 意識とは裏腹に肉体が休息を欲している。
 少しだけ。
 いい訳だと思うより早く意識は闇に落ちた。



 意識が浮上する。
 すぐ近くに人の気配がある。むしろこの間合いまで気付けなかった自分を罵る。
 近付いてくる相手に対し、こちらが気付いている事を悟られないよう注意深く意識を正す。
 セルフチェック。
 まだ魔力はほとんど回復していない。時間にして三十分と言った所か。
 この状態で戦闘になれば骨が折れるなと冷静に判断。

 木々を掻き分ける音がする。
 そこでふと相手に殺気がないことに気付く。
(これが相手を気付くのに遅れた原因か)
 それでも気は抜かない。
 一流の暗殺者なら殺気を漏らすのは殺すときの一瞬だけ。超一流になると殺気を漏らす事無く仕事を終える。
 だとすれば厄介だ。
 だがその反面で暗殺者でない事は分かっていた。暗殺者であるなら木々を掻き分ける音を立てる様な間抜けな事はしない。
 では一体何者だ? と自問したところで声が掛かる。
「こんな所で何をしているの?」
 こちらを警戒しつつも、身を案じるような女性の声。
 ゆっくりと目を開ける。
 無遠慮にこちらの顔を覗き込む姿勢で着物を着た女性が立っていた。
 まだ若い、少女と言ってもいい位の年齢。それでも自分よりは年上だろう。
 背中まで伸びているストレートの黒髪。警戒心からか、やや釣り上がった目は気の強そうな印象を受ける。そして凛とした佇まいにはどこか優雅さが漂う。歳不相応ではあるが小さい頃から上に立つ事を前提とした躾を受けているのだろう。
 虚脱感を払うように口を開く。
「・・・・・・そう言うアンタは何してんだ?」
 相手は驚きの表情を見せ、すぐに納得したように表情を変える。
「貴方が『クロカワシュウジ』?」
 何か面白い事を思いついた時に義母が見せる笑みと同質の表情。もっとも自分にとってそれは厄介事の前兆となる不吉な笑みなわけだが。
 相手の言った事を否定して、この場をすぐに去りたい衝動に駆られたが体が思うように動かない。
「悪いようにはしないからそのまま寝てなさい」
 含み笑いに言い知れぬ不安を抱きながら、再び意識は闇に落ちた。



 意識が覚醒する。
 目を閉じたまま、真っ先に体に異常が無いかを確認。
 気分は悪くない。外傷も無い。魔力の量は満タンには程遠いが、通常戦闘には支障をきたさない程度には回復している。また特に身体を拘束もされておらず至って自由だ。
 目を開く。
「やっと起きた?」
 気を失う前に会話した女性が横に座っている。
 どうでもいい事だが、寝起きに女性の顔と言うのは心臓に悪い。そんな考えはおくびにも出さず身を起こして礼を言う。
「助けて下さってありがとうございます?」
 相手の思惑が不明なので語尾に疑問符が付く。善意だけで助けられたとは思い難い。
 油断無く周囲に気を配る。
「一応、礼儀は弁えてるのね。良かったわ。助けた相手が礼儀知らずだったらがっかりだもの」
 幾分砕けた感じの口調。
 敵として認識されていないようなので幾分拍子抜けしてしまう。もっともだからと言って気を許したりはしない。
「よかったのか? 俺を助けて。あんたのお仲間に一応追われてた身なんだけど」
 相手は一瞬キョトンとして、ああと納得した様に笑う。
「大丈夫よ。後先考えず動くほど愚か者ではないわ。それより―――思ったより優しいのね。私の心配してくれるなんて」
 揶揄するような口調に対して溜息。
「『実は僕、貴女に一目惚れしちゃったんですー』とか答えれば満足?」
 淡々と。
「単に面倒事を増やしたくないだけだ」
 相手は肩を竦めて見せる。
「冗談が通じないわね」
「面白味が無い人間ですから。で現実問題、俺が押し入り強盗とかだったらどうすんの?」
 不敵に笑う。
「押し入り強盗が庭先で昼寝してたら、なんでそんな所で寝てるのか真っ先に尋ねてみるわね」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
 意思の疎通が上手く出来ていない。言い直そうと口を開いた所に凛とした声が被さる。

「貴方には邪気が感じられない」

 眉間に皺が寄る。
 相手は至極真面目な顔で言ってのけた。冗談を言っているようには見えない。
 放たれた言葉の意味と一変した相手の雰囲気に付いて行けず困惑してしまう。
 それを見て相手がまた雰囲気を変えた。
「まぁ、そういうことよ」
 どういうことだと尋ねるより早く相手が口を開く。
「そんな事より・・・・・・」
 言いかけて閉ざす。その意味を察して目配せ。
「―――ネズミが居るわね。三匹くらい」
「四匹の間違いじゃないか?」
 言うが早いか四つの影が現れる。体型からして全員男。
 一目見ただけで分かる。門番をしていた少女と同等か、それ以上の実力者達。敵も本腰を入れてきたと言うことか。
 ウンザリする表情を止められない。
「面白い家だな。こんなでっかいネズミを四匹も飼ってるなんて」
 皮肉に相手の顔が怒った様に歪む。
「私の指示じゃないわよ」

 正直、そんな事はどうでもいい。どういう思惑があったかは知らないが助けてくれたのは事実だし。
 それよりもここまで接近を悟らせなかった相手の力量を厄介だなと暢気に思う。

 手を出すのを拱いている男が口を開く。
「お嬢様。離れて下さい。この者は・・・・・・」
「知っているわ。『黒河修司』でしょ? 私が知らないとでも思ったの?」
 遮るように放たれた言葉は幾分硬い。
「でしたら何故このような」
 咎めるような物言いを切って捨てる。
「黙りなさい」
「・・・・・・」
 有無を言わせぬ、王者たる者の声。
 この女性一体何者なんだろうなーと緩く疑問に思う。
「お爺様には私から直接伝えます。貴方達は下がりなさい」
「しかし!?」
 言い募ろうとする男に笑みを向ける。
「下がれと、そう言ったの。聞こえなかったかしら?」
 場の空気が凍る。
 男たちはハッと跪き、音も無く姿を消した。
 女性は息を下ろす。
「やーね。こんな小娘の言葉に従うしかできないなんて。実力はあっちの方が上なのに」
 ぼやく様な呟きを無視して尋ねる。
「アンタ一体何者?」
 あのクソジジイに近い発言力。これは相当上の人間だ。
「やっと人の名前に興味を持った?」
 不敵に笑う。
「私は梢。神藤(しんどう)(こずえ)よ」



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