EX2-16 宗家5

 世間は狭い上に訳分かんねぇなと、道場に空いた穴を横目に柔軟運動をこなす。破片は綺麗に片付けられていた。少し離れた所に居るオジョーサマに視線を移す。道着に着替えたオジョーサマは力場を練っていた。

 先程、彼女が言いかけた言葉の続きは
『助けて上げたんだから、恩返しするのが当たり前よね?』
 と何故か最初の道場に連れてこられ試合をすることになった。
 なんで試合をする事が恩返しになるのかと、至極真っ当な問を返すと
『修司君、強いんでしょ? ならいいじゃない?』

 なんだろう? この異次元っぷりは。この家の人間は強い奴が居るとワクワクして闘いたくなっちゃう変な性癖でももっているんだろうか? そもそもお嬢様とか呼ばれてる人間の気質として、それはどーよ? 普通引くぞ? ―――いや既に引いてるけど。
 もし機会があればこの家の教育方針について一から聞いてみたい。―――ゴメンナサイ、ウソです。出来れば係わり合いを持ちたくありません。むしろ今すぐ切りたいデス。

「準備できた?」
 待ちきれないと言った様子で声が掛かる。
 果てしなく気分は乗らない。
 ええ、まぁと曖昧な返事を返す。
「武器は何にする?」
 徒手ですらないんかい、と心の中でツッコミを入れる。
「・・・・・・じゃぁ手甲で」
「はい」
 と言って投げ渡されたのはどう見ても刀だった。
「・・・・・・」
 人の話を聞く気があるんだろうか、このお嬢サマ。
「聞いてるわよ。お爺様と闘った時は剣だったんでしょ?」
 うおーい、マジで言ってんのか? 剣と刀って似てるようで扱い方に差異があるんだが。
「京から刀奪ったときはちゃんと刀の使い方してたんでしょ? なら問題ないじゃない?」
 嘆息。
 どこまで情報を仕入れているだろうか、このお嬢サマは。
「審判は居ないけど、勝ち負けくらいはセルフジャッジでいけるでしょ?」
 言って彼女は壁に立てかけていた武器を構える。
 得物は薙刀。目測で長さは1メートル60。間合いは刀より広く、反りも大きい。従って少ない力でもよく切れる。当然、刃は潰されておらず防具も無い。
「あー、えー、・・・・・・本気?」
「当然」
 目が本気(マジ)だ。止めようと言って素直に聞き入れるとは到底思えない。とは言えこのまま流されるわけにも行かない。
 溜息を堪え、説得を試みてみる。
「とりあえず止めない? お嬢サマの我侭にしては可愛いもんかもしれないけど、こっちはお家の(しがらみ)があるんだよね。宗家のお嬢サマに傷でも付けた日にゃぁ何言われるか分かったもんじゃない。『黒河』がどうこうなるのは別に構わないんだけど『神崎』に迷惑が掛かるのは避けたいんだよね」
「だったら一方的に殴られてればいいでしょ!!」
 烈風。
 一瞬前まで頭のあった場所に銀線が奔る。
「いやいやいやいや、殴る武器じゃないから、ソレ!! 中ったら切れちゃうから!!」
 しかもスパーンといい感じで。
「減らず口を叩く暇があったら構えなさい!!」
 切り落とし。
 横に転がって避ける。
 舌打ち。
「ちったぁ人の話しを聞け!! マジでどういう教育受けてんだ!?」
「ッ、煩い!!」
 激昂。感情に任せて力場を乗せた斬撃が放たれる。
「!?」
 相手の怒った理由が分からず初動が一瞬遅れた。
 それでも何とか回避。きちんと制御されていない一撃だったのが幸いだった。
 相手は肩で息を整えながら、苛立った目で睨んでくる。
「いいから構えなさい」
 何か琴線に触れるような事を言ってしまっただろうか? しかしこうなってしまえば冷静に説得は無理か。
 納刀したまま半身をずらし、構える。
「・・・・・・何で今キレたんだ?」
「関係ないでしょ、君には」
 刺々しい、突き放すような声に再度、溜息を堪える。
「関係無く殺されるのは真っ平だが、まぁいいや。―――賭けをしないか?」
 相手は眉を顰め
「賭け?」
「そ、賭け」
 鼻で笑われる。
「試合に賭け事を持ち出すなんてクズね」
「そうでもないさ。普通のルールに則った試合でも互いの誇りを賭けて戦う。なのに命を落とすかもしれないようなイカレた試合に、労力だけを支払うのは性に合わん」
「・・・・・・賭けるモノがあれば本気で闘うの?」
 内心では相手が話に興味を持った事にほくそ笑みながら、真面目な顔で答える。
「お望みとあらば」
 逡巡。
「―――何を賭けるつもり?」
「俺が勝ったらなんでさっき怒ったのか吐け」
 睨まれる。
「もし私が勝ったら?」
「一生涯、下僕として仕えてやるよ」
「本気?」
 怪訝そうに顔を歪める。
「ああ、なんせ負ける要素がないからな」

 一瞬、架空の空間がヒビが入る。

「・・・・・・いいわね、それ。その傲慢な鼻をへし折るだけでも楽しそうだわ」
 互いに笑みを交わす。
 それは嘲りでもあり、侮蔑でもあり、そして類友でもあった。
 よく練られた力場が双方から展開される。
「負けたときの言い訳にしないよう本気で来なさい」
「だったら俺から言っておく事は一つだ―――怪我しても文句言うな」
 構えを深く。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 ああ、なんだったんだろう。あの苛立ちは。
 対峙し、気の抜けない状況で考える。
 原因は自分でも薄々気付いている。
 拙い感情。
 ただソレに対して蟠りを持っている自分を認めてしまうのが酷く癪だった。

 庭で寝ている少年を見つけて、最初は好奇心から近付いた。
 自分の顔を見ても改まった態度を取らない少年。その反応は新鮮ですらあった。
 部外者だとすぐに思い至る。
 そしてその少年が警報を鳴らす原因となった『黒河修司』だと分かった時、昏い悦びを感じた。
 月子の話に聞いた面白い子。そして自分と同じ―――捨てられた子。

 いい人が多い。小娘と言って差し支えない相手に、大半の人が礼節を持って扱ってくれるのだから。
 ただその特別扱いに違和感を覚える。果たしてそれは私個人に向けられている敬意なのだろうか。巫女としての才能が無ければ見向きもされないのでは無いか。

 自惚れだと、そう思う。自分には巫女としての才能があると。
 だがその自惚れを自負に変える位置に立っている自覚はある。
(だったら・・・・・・)
 柄を握る手に力を込める。

 自分を試してみようと。
 才能を切り離し、特別扱いされない自分に一体どれほどの価値があるのか。

 相手が静かに抜刀する。その動作に澱みは無く、隙も無い。いっそ秀麗ですらある。
 だが空気は一層硬質化し、肌に痛みを伝えてくる。冬の冷たさとは違う痛みだ。
 仕掛けてくる事を予測。
 相手の初動を見逃さないように視覚に神経を集中させ―――
「!?」
 想定外の動きが来た。
 相手が行った挙動はアンダースローによる鞘の投擲。
 地面に対して垂直に高速で回転しながら鞘が迫る。
「ッ!!」
 自身を軸に円運動を以って両断。
 投げた鞘を隠れ蓑に、相手の姿が消えた。
(どこに・・・・・・)
 左か、右か、後か。

 一瞬が永遠に引き伸ばされたような錯覚。
 だがそれは突然終わる。

「俺の勝ちでいい?」
 背後から発せられた理解不能な言葉と、首筋に当たる金属の感触。
「―――」
 息を呑み、目線だけでゆっくりと金属を確かめる。そこには予想通り刀身があった。
 心臓は早鐘のように脈打ち、背中には冷たいものが伝って行く。

 動けなかった。
 何だ、今のは?
 
 全くの不可解な現象に、体は強張ったまま息苦しさを覚える。
「俺の勝ちでいい?」
 再度の問いかに、細心の注意を払って頷くとあっけなく首筋から刀は離れた。
 そこでようやく息をつく。
 呼吸により弛緩する体。
 その間にも少年は両断された鞘を拾いに離れている。
 使い物にならなくなった鞘を見て物惜しげな表情を作る。
 少年はこちらの様子を気にも留めていない。自分よりも鞘に関心がある。
 そう思うだけで悔しさが滲んでくる。

「何を一人凹んでいるのか知らないけど、賭けの約束覚えてる?」
「―――覚えてるわよ」
 不機嫌な声で返すと、ああ良かったと無邪気な声が返ってきた。
 それを一睨みすると視線に気付いたように少年はシニカルに口元を歪める。
「年下に負けたのがそんなに悔しい?」

 違う。
 確かに負けた事が悔しくないと言えば嘘になるが、今はそれよりも自分自身を試したその結果に納得が行かない。
 全力を出し切る間も無く決着の付いた試合は、まるで自分の人生のようで。

 何が出来るかを確かめる暇も無く、巫女として生きていく事を決められた。
 そこに大きな不満があるわけじゃない。自由ではないが不自由とは程遠い生活。多くの人に(かしず)かれ、けれど何かが違うと心の奥で誰かが囁く。しかしその正体が何であるのか、それすらも分からない。
 自制が利かなくなりつつある感情。それでも涙を流す事だけは、最後の理性が許そうとしない。そう教えられてきたから。

「泣けば?」
 唐突に放たれた軽い言葉。
 驚き、いつの間にか伏せていた顔を上げる。
 声の主は言葉とは裏腹に優しい瞳で微笑む。
「今はまだ、泣きたい時に泣いていいと思うよ?」



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