静かに泣き始めた少女を見ながら、どんな想いで彼女は泣いているのかなと少し疑問に思う。
それを推測できるほど相手の事を知っている訳でもなく、また知りたいとも思っていない。
ただ、よく知る二人の少女が泣くのを我慢している時に似ていたから。だから出来心に近い気持ちで、あんな事を言ったのだろう。
優しさとは全く違う感情のベクトルに一人、自嘲する。
鼻をすする音と供に恨みっぽい目で睨まれた。
「なによ?」
どうやら笑ったのを違う意味で捉えられたらしい。
「何でもないザマス」
はぐらかす様に答えると胡散臭そうな顔を向けられた。
追求の言葉が来ない内にさっさと話題を変えておこう。
「んで、俺の勝ちだから約束通り教えてもらいましょうか」
結果に納得のいっていない渋い表情を作り、観念したように溜息を吐く。
「修司君が私に『どんな教育受けてるのか』って聞いたでしょ? 」
頷く。
「私ね―――両親の事知らないんだ」
俯いてしまった相手を見て、自分の言葉が浅慮だった事を悟る。
「両親は私を捨てたの。だから・・・・・・」
唇を噛むように震える少女。最後まで語られなかった言葉を推測するのは容易だった。
どこへ向ければいいのか分からない感情の矛先。
それは自分にも馴染みのモノであったけれど。
「可哀想だな」
利口な言葉を作って、相手から信頼を得る事も出来たはずなのに。
「なにそれ? 同情? 止めてくれる?」
「ちげーよ。その考えの浅はかさが可哀想なんだよ」
冷めた心は冷めた言葉しか作らない。
「それと何か? もしかして悲劇のヒロインでも気取ってんのか? だったらいっそ滑稽だな」
少女の瞳に再び燈る苛立ち。
「君に!! 一体私の何が解かるって言うの!?」
冷静に切って捨てる。
「解かる訳ないだろ? 赤の他人のアンタのことなんか」
「ッ!?」
息を詰まらせ、奥歯を噛む。一度俯き、再び顔を上げ
「―――君だって、棄てられた子供の癖に」
低く恨むような声で。自分だけ良い人ぶるなと。そしてだから分かるだろうとでも言いたげな。
おどけたように口を開く。
「一体どこからの情報だ? 月子辺りか?」
ありえそうな話で嫌過ぎる。全く人のプライバシーをなんだと思っているのだろうか。出生の秘密と言うほど重大な話ではないが、それなりに重い話をペラペラと。これだから信用ならん。
無言のまま問いの答えを待つ少女を見て、視野が狭まってるなぁと溜息を吐く。
「ああそうだな」
あっさりと、流すような肯定に彼女は瞠目する。
「けど捨てられた境遇が例え同じであったとしても、抱えている想いまで同じとは限らない」
親に捨てられたのは自分たちだけじゃない。世界には他にも沢山の不幸が溢れている。まだ自分たちはマシな方だ。
どちらがより不幸であるかを自慢しあっても切が無い。
そして自分より不幸な人間を見て安心し、見下したって意味が無い。
それにと、心の中で付け加える。
少なくともアンタの親は捨てたくて捨てたわけじゃないと。むしろ―――
その続きを言葉として放つのは簡単だった。聞けば彼女だって喜ぶかもしれない。
だがその言葉を言うつもりは無い。それは
それを聞いた後で嬉しければ喜べばいい。納得できなければ恨めばいい。それでどうするかは当人達の問題だ。どう頑張ったところで自分は部外者でしかない。
そんな事を考えながら、さて自分の場合はどうだったのかと疑問に思う。
望まれて捨てられたのか、望まずに捨てられたのか。そもそも望まれた子供だったのかどうか。
「―――」
どうでもいい事かと思い直す。
今あるのは捨てられたという現実と、自分の存在が一人の女性の命を奪ったという事実だけだ。
「そろそろ時間かな?」
「?」
彼女は精彩を欠いた表情に疑問符を浮かべる。
難しい事だとは分かっているけれど、ちゃんと自分の気持ちに整理をつけてから相対して欲しいなと身勝手に思う。
慌しい足音が近付いてくる。本当にもう時間がない。
「とりあえず礼は言っとくよ。ありがとう」
更に疑問の色を濃くする表情を見て苦笑。
元々この山は魔素の濃度が一般の場所に比べれば高い。だが、どう考えても今の魔力残量は一日や二日で回復する量ではない。なんか色々施してくれたんだろう。何をされたかは考えたくないが。
この辺も月子の入れ知恵だろうか?
少女は唇を噛み、表情を隠すように俯く。
「月子から伝言。『事情はどうあれ、貴方の行動が二人を救った。だからそれは無駄なことなんかじゃない』って」
「・・・・・・ふーん」
森での一件のことだろう、多分。それ以外に係わり合いは無いのだから。今更三年以上前の事を言われても正直反応に困る。
「確かに伝えたから」
挑むように顔を上げ背筋を伸ばし去っていく。
少女が消えるのを静かに見送ってから、さて逃げようかなと思ったがどうやら遅すぎたらしい。
クソジジイを筆頭に屈強そうな男女が二十人、出入り口を塞いでいた。
降参だとばかりに両手を挙げる。
「ほう、逃げぬか」
「ん、まぁね。なんか無理っぽいし」
余裕があると勘違いされたのか、疑わしそうな目線を送ってくる。
「まぁ、ええ。さっさとこの敷地から出て行け」
「あれ? そんなんでいいの?」
拍子抜け。
ジジイはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「フン。興が削れたわ」
そんなのだったら最初から興味を持つなと喉元まで出かかった言葉を堪える。
まぁ相手の気が変わらぬうちにさっさと御暇させて頂こう。
堂々とジジイの横を通り過ぎようとしたとき声が掛かった。
「小僧。なぜ梢に真実を伝えなんだ?」
足を止め、前を向いたまま問い返す。
「それならジジイ。なんでアンタは俺を呼んだ? 最悪、彼女に真実が伝わるかもしれないのに」
「暇つぶしじゃと言ったろう? それに美咲が小僧に話してはおらんと思うとったが、とんだ誤算じゃったわ」
「嘘だな。しかも分かり易い」
ジジイから返答は無い。
「・・・・・・悔やんでるのか?」
「馬鹿馬鹿しい。そんな訳あるまい?」
小馬鹿にしたような物言いに同じように応える。
「だろうな」
仮にもし、本当は悔やんでいたとしても。肯定の言葉が返ってきたなら、それこそ自分は後先考えずに殴り掛かっただろう。
自分で辛い選択をした奴が優しさを持っているなんて卑怯以外のなんでもない。辛い選択をしたのなら、それに殉じ貫き通す覚悟が必要だ。
己が信念の名の元に。
「待ってろ、クソジジイ。いつか必ず、全力で後悔させてやる」
静かなる宣戦布告。
「所詮は『神裂』の末裔か。―――良かろう。愉しみに待っておくとしよう」
余裕のある笑み。戦力差は歴然としている。
拳を握り締め、振り返ることなく歩む。
きっと、いつか。
そんな不確定な未来で答えを掴めるようにと。