放課後の学校。ちなみに週末、金曜日。
校舎内の人影は疎らで、日中の活気が嘘のようだ。もちろん下校時刻が近い事も関係しているだろう。そんな教室で謎な光景を目にする。
女生徒が一人でゴミ箱を漁っていた。教室には他に誰も居ない。
視線を上に向けてクラスを確認。『1−六』と書かれたプレートがある。
うん、自分の教室で間違いない。
「―――何やってんの?」
女生徒はこちらの存在に始めから気付いていたのか、返事はすぐ返ってきた。
「別に。あんたには関係ないでしょ」
こちらに目も向けず、女生徒はゴミ箱を漁り続ける。
「いや、まぁ、御尤もな意見ではあるけど・・・・・・気になるじゃん?」
女生徒は初めてこちらに顔を向けて毒々しい笑みを見せる。
「だったら忘れてさっさと帰ったら?」
「・・・・・・」
取り付く島も無い。
と言うか俺なんか嫌われるような事したっけ?
記憶を探ってみるが、思い当たる節は無い。
それ以前に女生徒の名前さえ分からなかった。学年がそろそろ上がるというのに、未だクラスの人間の顔と名前が一致しない。同じクラスなのかどうかさえ謎だ。
「―――」
分かってはいたが、改めて自分の不精さと無関心っぷりにちょっと泣けてくる。
もっとも理解していながら改善しない辺り、表面的な感情でしかないわけだが。
女生徒はおもむろに立ち上がり、今度は机の中を調べ始めた。
その姿を目で追う。
「・・・・・・」
「―――」
「・・・・・・」
「―――」
「・・・・・・何よ?」
沈黙に対し、先に根負けしたのは女生徒の方だった。密かに勝利気分。
「いや、別にこれと言って用は無い」
「だったら立ち去りなさいよ」
「だって理由気になるじゃん。でも教えてくれないし。それに、他人の机を勝手に調べるのは悪いと思いマス」
女生徒は一瞬驚いた表情をしてから、皮肉気な笑みを作る。
「驚いた。あんたでも正論言えるんだ?」
「―――」
またかと溜息一つ。なんでこんなに攻撃的なんだろう? 一体自分が何をしたと言うんだ?
「俺、アンタになんかマズイ事したっけ? 覚えが無いんだけど」
教室ではほぼ寝ているから覚えが無いのは当然といえば当然。我が事ながらそれもどうかと思う。
それに女生徒はあっけらかんと答える。
「別に。何もしてないわよ」
「じゃぁ、なんでそんな悪意のある言葉を俺に向ける?」
いい加減ムカついてきた。相手が野郎だったら十中八九キレてる。
「強いて言えば何もしてないから」
「な」
んだソレは?
低く威圧するような声で問う。
「―――人を馬鹿にしてんのか?」
「馬鹿にしてるのはそっちでしょ?」
冷めた口調と視線。
その様子に、熱を持ちかけていた感情は平静さを取り戻す。
してるかしてないかで言えば―――している。
だがそれは一個人に対してではなく、世間全体に対してであって考え方の癖みたいなものだ。
目の前の女生徒に対して蔑みの感情を送った覚えは無い。少なくとも記憶にある限りでは。
いい加減、こちらの存在が邪魔になったのか、ウンザリしたように口を開く。
「探し物よ。これで満足した?」
するわきゃねーだろ。
本気で言ってるんなら、かなりのアレだ。
「何探してんの?」
「フツーそれ聞く? 何をしてるか答えてあげたんだから、さっさと帰んなさいよ」
「生憎、普通とは程遠い感性の持ち主でして」
軽口を返すと、あからさまに不機嫌な声で、最っ低と実に正当な評価を下してくれた。
オー、イェィ。なんか段々愉快な気分になってきたぞ。しかもアッパーで。
マズイなーと緩い思考で思う。
糞真面目だったり馬鹿正直な人間を見ると、どうもちょっかいを出したくなるのは自分の悪い癖だ。蜂の巣を
もっとも理解していながら改善しない辺り以下略。
「で、何探してんの?」
能天気に質問を繰り返すと青筋を浮かべかねない口調で
「―――もうちょっと無口な男だと思ってたんだけど」
概ね正解。但し例外アリ。ついでに言うならだからどうした? 皮肉にもなってないぞ。
「いやー、噂や見た目だけで人を判断するのはイカンと思うんデスヨー」
ヘラっと笑って正論を言うと一瞬動きが止まった。が、すぐに何も無かったかのように作業を再開する。その表情は苦虫を噛み潰したような顔で。
「―――友達が失くした、大切なものよ」
別に答える義理なんて無いのに。
相手の事を心のどこかで蔑んでいた己の卑しさと慢心に、勝手に負い目を持って。
けれど素直に謝罪の言葉が出て来なくて。
だから答えを明かす事でその負い目をチャラにしようと自白する。
蔑まれる事なんて朝飯前。慣れっこな自分としては勝手に負債を抱き込もうとする糞真面目な奴はとっても面白いわけで―――
「あんた、心の中ではどうせ笑ってるんでしょ? 他人の為に無駄な労力してるって」
うわぁ鋭い。表情は変えてないのに笑ってるのがバレてる。
だが惜しい。他人の為に無駄な労力を掛ける奴は嫌いじゃない。自分でするのは真っ平ゴメンだが。
いや、それよりもココはその鋭さを恐れるべきか。
「ひっでー誤解」
と言いつつ、軽薄そうにケタケタと笑う。
一瞬冷たい目で見られたが、話すだけ無駄だと思ったのかまたすぐ作業に戻る。
「嫌いじゃないぜ、そーいうの」
作業の手を止めず
「そりゃあ、嫌いじゃないでしょうね。さぞ愉快で痛快、滑稽な出来事に見えるでしょうから」
嫌味を隠そうともしない棘のある言葉に再び笑う。
「誤解だって言ってんのになぁ。どうしたら信じてくれる?」
「だったら見てるだけじゃなくて手伝いなさいよ」
その台詞には言外にどうせ手伝ったりしないだろうと言う響きが含まれていた。
ああ、本当に真面目な奴は面白い。
「りょーかい、りょーかい。何を探せばいいの? ブツは何?」
驚いたのと胡散臭そうなのを1:2で混ぜたような表情。
自分一人では非効率的だと思ったのか、それとも埒が明かないと思ったのか溜息を付いてから答えを明かす。
「―――イヤリング」
「イヤリングぅ?」
またマセたモノを。
「大切なものだって言ったでしょ?」
その位、察しろと目が語っている。
俺は一体どんだけハイスペックを望まれてるんだ? 普通無理だろ? まぁ別に良いけど・・・・・・
溜息を堪えて財布から五円玉を取り出す。
「?」
怪訝そうな表情を無視して
「・・・・・・真面目に探す気ないでしょ?」
「そんな事ナイヨー」
限りなく嘘臭い回答に半眼を送ってくる。
ダウジング馬鹿にする事勿れ。昔は棒を二本使うだけで水脈や失せ物を探していた由緒正しき
因みに五円は御縁。賽銭に五円を使うのは言霊が由来で『神様の加護に御縁がありますように』という願いからだ。
問題は自分に失せ物を探すような特殊能力が備わっていない事。
そこは魔法でカバー。ダウジングはその触媒となる。
目を閉じて集中。女生徒に聞かれないように小さく呪文を唱える。
聞かれたら変人扱いされること請け合いだろう。
「―――」
力場で作られた糸が弱く反応を返す。
体の向きを少しずつ変えながら、一番反応が強い方に向かって歩く。
ジグザグに歩きながら、程なく女子ロッカーの前で足を止めた。
ロッカーと言っても簡単な作りの鞄置き場みたいな物だ。禁止されているが一部、置き勉用に使っている生徒もいる。当然自分もその中の一人。
糸の長さを返ってくる反応に応じて調節し何段目のロッカーかを探る。
そして一つのロッカーに目星をつけた。
「このロッカーの中探して」
流石に女子ロッカーの中に男の自分が手を入れて探るわけにもいかず、名称不明のままの女生徒に探索を頼む。立ち位置を女生徒と変わるとき名札を盗み見て苗字が常広だと分かった。
そのロッカーを見て常広嬢は渋面をつくり、乱暴に中を探り出した。
「おいおい、そんなに豪快に探したらロッカーの主に漁ったのがバレ」
るだろうがと続くはずだった言葉は常広嬢の不機嫌な声に打ち消された。
「あった」
探し物が見つかったのに嬉しさや安堵は無い。むしろ不機嫌さに磨きがかかったような気さえする。
そこで常広嬢は内に籠った熱を吐き出すように大きく溜息。
「―――ここのロッカー、イヤリングの持ち主のロッカーよ」
「・・・・・・」
つまり、アレか? 無駄骨?
「はぁぁぁあ?」
「仕方ないでしょ!? アタシだってこんなオチ考えてなかったわよ!!」
「最初に落とし主の近辺から探すのが
「そんなの知らないわよ!!」
「ココに来て逆ギレですかよ!?」
「ぶー、アタシは最初からキレてたんで、この場合あんたの方が逆ギレですぅ。て言うか、なんで中途半端に敬語なのよ!? どっちかはっきりしなさいよ!!」
「ココに来て逆ギレかよ!?」
「言い直すなっ!!」
睨み合う事、数秒。言ってやりたい事は互いに山ほどあったが不毛だと判断。
互いに鼻を鳴らして顔を背ける。
「―――あんたが勝手に首突っ込んだんだから礼は言わないわよ」
「はいはい。分かりましたー」
投槍に言って返すと、ぐっと喉を詰まらせる。
ここは先に引いた方がより大人の対応が取れた事になり、
ここで常広嬢が取るべき大人の対応とは一緒に物を探してくれた事に対する謝礼の言葉だ。
それは彼女も理解出来ている。
だが自分のプライドが邪魔で、礼を言おうとして言えないでいるのが手に取るように分かった。
喉の奥でくっくと小さく笑う。
「な、何よ!?」
どもる辺り精神的に見事劣勢だ。やっぱり真面目で嘘の付けない正直な人間は面白い。
「別にぃ、あんたにはぁ、関係ないでしょぅ? 探し物がぁ、見つかったんならぁ、さっさと帰ればぁ?」
完全に馬鹿にした口調で台詞だけ真似てみると案の定、米神に青筋を浮かべる。
「ぐ、腹立つ上になんて嫌味っ。性格最悪ね、あんた」
「あれ? 今頃気付いた?」
あっけらかんと。
今度こそ頭に来たのか、自分の机から鞄を引ったくり鼻息も荒く教室を出て行こうとして、振り返り
「あ、ありがとうっ!!」
常広嬢は怒鳴るように礼を言ってから足早に消えた。
うわ、何あのツンデレ。超面白ぇ。―――いや別にデレてはないけど。
呆然と見送った後、思い出したように声に出して笑う。
いや、本当に面白い。機会があったらまた今度ちょっかいを出してみよう。
限りなく機会は無さそうだけどと小さく呟く。
「それに、これでこそ無茶した甲斐があったってもんだよなぁ?」
他に誰も居ない教室で、自身に確認をするよう声に出して問う。
それと同時、視界が回り始める。否、実際に体が傾いているのか。
やっぱり今の状態で魔法を使うのは自重すべきだったなぁと暢気に思う。
下手するとこのまま発見されずに朝を迎えるかもしれない。見つけた人間はビックリするだろうけど出来れば見回りのとき発見して欲しい所だ。つーか今日、金曜じゃん。最悪月曜の朝か?
教室の床で寝るのはどう考えても寝心地悪そうだよなぁと思ったのを最後に意識は途切れた。