EX2-22 異邦人2

 目が覚める。
(ここは・・・・・・)
 何処だろうと、はっきりしない頭で考える。
 見た事の無い天井を瞳は映している。
 視覚と認識に誤差がある事を自覚。
 寝覚めは良い方だと自負しているが、今日に限ってどうも頭の回転が鈍い。
 夜勤だったわけでもなく、体を酷使した覚えも無い。
 ではどうしてと、昨日の行動を反芻しようとした所で
「やっと目が覚めたか?」
 いきなり降って湧いた硬い声に驚く。
「好い年した大人が、他人の家でグースカ寝れる、その根性だけは見習いたいところだな」
「なっ!?」
 シニカルな顔を作る少年に反論しようと身を起こそうとして
「ッ!?」
 覚えの無い痛みに動きが止まった。
 意識の無い間に何をされたのか、自分の体の状態を探ると共に疑いの目を少年へと向ける。
「なんだ、その眼は? もしかして『意識の無い間に犯されちゃったかも〜、どうしよう〜?』とか、ヒトを疑ってるわけ?」
「なっ!?」
 淡々と紡ぐ少年の言葉に顔を赤くする。
 こちらの様子にヤレヤレと言った雰囲気で
「さっきから台詞が単音ばっかだな、アンタ。―――お脳が不自由にでもなられたんですか?」
 台詞の後半部分だけは、笑顔で柔らかく、丁寧な口調。余計、馬鹿にされているのだと分かる。
「・・・・・・」
 目を閉じ二度深呼吸。精神を落ち着かせ、痛む体をゆっくり起こす。
 その間に、なぜ体が痛みを覚えるのかを思い出した。
「―――助けて下さってありがとうございました、救世主」
 頭を下げる。
「どー致しましテ」
 相変わらずの硬い声で面白く無さそうに返答。
「正直、あのままくたばってくれた方が俺としては有難かったんだけどね」
 口角を上げた意地の悪い笑み。
 ストレートな物言いに対して、返答に詰まる。
「なに鳩が豆鉄砲食ったような顔してんの?」
 当然だろ? と。
「どうせこっちの世界に来たのは碌でも無い理由なんだろ? 俺にとっても。アンタにとっても」
 何故か胸の内が一瞬軋んだ。理由の解らぬ痛みを無視して言葉を作る。
「貴方にとってはそうかもしれません。ですが―――私にとっては意味のある任務です」
「命懸けで(ゲート)を潜って死に掛ける事が、か?」
 馬鹿にしたような物言いに反論しようと顔を上げ、しかし突きつけられた事実に口を閉じる。
 そんなこちらの様子を見て、下らねぇと興味の無い低い声で呟く。
「どーせ当て馬かなんかだろ?」
「!? 何故それを!?」
 こちらの感情の昂ぶりに対し、救世主は冷めた声を返す。
「アンタ、『優秀』って評価の後に『だけど融通が利かない』って言われない?」
 その言葉に鎌をかけられた事を悟る。
「大方、要人に門を潜らせる為の予備実験か? ―――本当に碌でも無いな」
 今度は相手に情報を与えないよう睨むだけに留める。
 救世主は気にした風も無く涼しい口調で
「アンタ、自分が殺されそうになったって自覚してる?」
 一方的に軍部を悪者にされているようで反論を返す。
「実験が危険だったのは事前に知らされていますし、今回の任務に関しては拒否権も与えられています。ですから全て覚悟の上です」
 覚悟ねぇと揶揄するように笑い
「じゃぁ、明確な殺意があったのも承知の上か。だったらよっぽどの死にたがりだな、アンタ。助け損かよ」
 貴重な魔力がと溜息を吐く。
「―――」
「大方、危険だってリークしたのは勇者か英雄だろ? ―――ああ、そうか。アンタ信者系だったもんな? そりゃ覚悟もするわな」
 悪意ある笑みに感情的に怒鳴る。
「違います!!」
「違わねぇよ。少なくとも俺にとっては」
 間をおかず静かに切って捨てられた。
「体の良い実験体(モルモット)にされただけじゃねぇか?」
「・・・・・・」
 何度か過ぎった考えを的確に突かれ、反論に窮す。
 だがこちらの様子を気にも留めず、それになと言葉を繋げる。
「停めるだけの力を持っているにも関わらず、停めないってのは、結局停める気が無いってのと同じなんだよ」
 静かに、だが怒りを滲ませ、吐き捨てる。そして
「何も変わっちゃいない。同じ事の繰り返しか」
 失望したような呟き。
 その感情と言葉は自分に向けられたモノではなかった。
 もっと、別の。己すらも蔑視するような・・・・・・

「力だけで全てを思い通りにすることなど不可能です」
 思いがけず口をついて出た慰めの言葉は、しかし強い言葉で否定される。
「綺麗事を抜かすなよ、リエーテ=グゥリ=シスハ。国家の一要素であり時に象徴ともなりうる軍が、力を否定するな」
 甘えも妥協も許さない、厳格なまでの正論。
 けれど、ならばなぜ、そんな瞳で言葉を紡ぐのか。
 互いに口を閉じ、静寂が場を支配する。

 唐突に戸の向こうから声が掛かった。
「シュウちゃん、いいかしら?」
 声に対し救世主は一瞬だけ思案し
「―――どうぞ」
 答えに応じ遣戸が動く。
 そこに姿を見せたのは若い女性。名は確か―――
「・・・・・・ミサキさん」
「お久しぶりね、リエーテさん」
「はい。―――その節はどうもお世話になりました」
 言って頭を下げると、目の前の女性は(たお)やかに微笑む。
 それからさてと、前置きをして
「これからリエーテさんを家で預かる事にするわ」
 唐突な発言に思考は追いつかず間が空く。
 先に反応したのは
「母さん!! 本気ですか?」
 色々な理由の入り混じった、咎めるような口調。対してミサキさんは軽い口調で
「だってリエーテさん、悪い人には見えないもの」
「ですがコイツは、雪を―――貴女の娘を殺しかけたんですよ!?」
「シュウちゃん。『コイツ』なんて言い方、失礼だししちゃダメよ?」
 やんわりとした指摘に救世主は不満顔で口を閉ざす。
「それに殺されかけたのはシュウちゃんであって雪じゃないわ。死に掛けたのは家の娘がちょっと鈍臭かっただけよ」
 ミサキさんはこちらを一瞥し、すぐまた救世主に視線を戻す。
「大丈夫。雪にも桜にも千夏ちゃんにも話は通しているし、了承も得ているわ。もちろん一夜さんにも」
「―――僕に相談は無しですか?」
「だって言えば反対したでしょ?」
 笑顔での返答に救世主は一瞬口を噤み
「・・・・・・どうなっても、知りませんよ?」
 そうねと、ミサキさんは困った顔で苦笑する。
「もし、この決定が元で貴方達が傷付くことがあったなら私がその咎の積を負うし―――」
 一息。
「そうなる前に必ず止めるわ」
 決意の込めた真っ直ぐな視線。それに怯むことなく救世主は冷静に尋ねる。
「必ず?」
「ええ、必ず」
 共に揺らぐ事無い視線をぶつけ合う。
「もしその過程において、人を殺める必要が出るとしても?」
 問われミサキさんは表情を緩める。
「相変わらずシュウちゃんは優しいわね」
「答えになってませんよ」
 ミサキさんは一層笑みを濃くする。
「そうなる前に止める気でいるけれど、もしそれが必要なら、そうするわ」
「無理ですよ」
 無表情のまま救世主は断言した。
「何故?」
「貴女は甘すぎる。それに」
 ミサキさんから視線を外し、その先が不意に自分に向く。
「そうなる前に俺が殺す」
 暗く昏い殺意の視線。
 心臓が止まるかと思うほどの強烈な殺気に肌は粟立ち、鼓動は早鐘のように脈打つ。
「シュウちゃん!!」
 諌める声を無視し、低い声で告げる。
「覚えておけ。もし再びアンタが俺の家族や大切なモノを傷付ける様な真似をするなら、容赦なく、隙なく、躊躇いなく、一瞬で殺す。絶対に」
 蛇に睨まれた蛙の如く身動(みじろ)ぎ一つ出来ない。
 そんな私に対し話は終わったとばかりに救世主は立ち上がり背を向ける。
「シュウちゃん!!」
 再度、諌める声に足を停め、体の向きを直す。
「貴女がそう決めたのなら、僕は貴女の意思を尊重します」
 ただ事実を確認するだけの、平淡で起伏の無い声。そこには落胆も無ければ期待も無い。
 ミサキさんは次に強い言葉が続いてもいいように警戒する。
 その反応に救世主は苦笑し
「だから貴女はその想いを大切にしておいて下さい―――いつか来るべき日に、後悔しないように」
 それを約束してくれるならと、優しい穏やかな笑みを浮かべる。
「汚れ仕事だろうが何だろうが僕が引き受けますから」
「そんな事、させないわよ」
 硬い否定の声にそうですねと曖昧な肯定を返し、楽しそうな笑みを零して部屋を去って行った。

 ミサキさんは大きく息を吐いてから、弱い笑みで顔を上げる。
「驚かせてごめんなさいね」
「いえ、そんなことは・・・・・・」
 ないと言いかけて、言葉に迷った。
 そんなこちらを見てミサキさんは静かに微笑む。
「貴女も正直で優しい人ね」
 それは貴女の方でしょうと、苦い記憶と共に胸の内で思う。

 三ヶ月前、病院で見せた厳しい表情。
 敵である私たちの行いを、許したわけではないだろうに。
 それでも彼女から非難の言葉を向けられる事はなかった。
「・・・・・・」
「確認が最後になっちゃったけど、家が預かる形に問題はあるかしら?」
 いろいろ便宜は図れると思うんだけどとミサキさんは付け足す。
「―――私は居ても良いんでしょうか?」
 俯いた形での問い掛けに
「どこに居ても何かしら苦労はあるわ。もしリエーテさんにとってそれが重しになるのなら自由に出て行っていい。でもそれを選び決められるのは貴女しか居ないわ」
 色々な打算と損得と、そして感情が交錯しあう。
「―――」
 顔を上げ
「それでは御言葉に甘えて厄介になります」
 頭を下げる。

 決める事が私にしか出来ないのならば、この場所を足掛かりに、この世界に生きる人たちを知っていこうと思う。
 知る事で見えてくるものもあるだろうから。



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