二日ぶりに放課後の屋上へ顔を出す。
一昨日は友達と遊びに行って、昨日はシュウとリエーテさんで勉強会。
ヒロスケも参加していたみたいだけど、勉強嫌いの自分としてはとても楽しそうな内容では無いのでパスだ。
高校への進学先もなんとか決まったのに真面目だなぁと思ったり思わなかったり。
とりあえずヒロスケの話では空気は最悪だったらしいのでゆっくり扉を開けて、恐る恐る顔を覗かせる。
そこに背を向けたシュウが居た。
フェンスに手を掛けて、遠く空の端を見ながら独りタソガレている。
毎回、疑問に思うのだが何か楽しいのだろうか?
一度真似してみたが10分で飽きた。
放っておけば最終下校時刻までああしているだろう。
疑問を溜息として吐きだし隣に立つ。
「うぃーす」
「うす」
いつも通りの低燃費な挨拶。
「みんなは?」
「ヒロスケは先生に呼ばれて職員室に。エンは調べ物とかで図書室へ寄るってさ」
「・・・・・・リエーテさんは?」
「知らん」
ぶっきらぼうな物言いに呆れる。
「それでいいの? 案内役は」
「知った事か。アイツがどこで何をしようが本人の勝手だ」
隠そうともしない悪態に、つい溜息が漏れる。
「あのさぁ・・・・・・」
口にしようか一瞬迷い、それでも勇気を出して
「シュウ、リエーテさんに対して態度悪いぞ。師匠たちだって許してるのに―――何が気に食わないんだ?」
パンチ一発を覚悟する。
隣に立つ友人は、触れられたくない話題に関して、腕力で解決を図る
それでもこのまま行けば、いつかリエーテさんは隠れて泣いてしまうだろうし、シュウはシュウでガス抜きが必要そうだった。
「別に。普通だよ」
詰まらなそうに答えるシュウに、とりあえずパンチへの警戒を解く。
「嘘付け。大概に関して無関心なシュウがあらかさまな嫌悪を向けるのは珍しいんだよ」
「『あらかさま』じゃなくて『あからさま』な」
間違いを指摘する声に楽の音が混じる。
「うっ・・・・・・い、今は大事な話なんだから細かい事は放っとけ!!」
「はいはい」
なおざりな返事に悔しい思いをする。
その気持ちを隠すために語気を強めて問い直す。
「で、何んで気に食わないんだ?」
シュウの横顔から楽が消え無に変わる。
「別に、ただ何と無く気に食わないだけさ。そこに理由なんて無い」
やれやれと溜息を吐く。
「だったらなおの事リエーテさんが可愛そうだろ?」
「知ったこっちゃないね。俺にはどうでも良い事だ」
鼻を鳴らすような言葉に
「―――本当にそう思ってる?」
聞けば、今まで空の端から逸らす事の無かった視線が初めて動く。
正面から見るその瞳には苛立ちを宿していた。
それに加えて身長差から来る見下ろしに萎縮しそうになる心を奮い立たせ、負けじと睨み返す。
互いの沈黙にシュウは口を開きかけ
「―――」
結局、何も言わず口を閉じる。
それから舌打ちをして視線を外すと体の向きを変え、今度はフェンスに背を預けた。
それだけでシュウの表情は見えなくなってしまう。
観念したようにシュウが話し始める。
「腹立つんだよ。あの女の言うことの一々が」
何も言わず、目線だけで尋ねる。何故と。
それを察してくれたからなのか、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「・・・・・・昔、俺は取り返しがつかないことをしちまったんだ」
語る声に明暗は無い。ただ事実を語る声。
「それこそ犯罪としか言いようの無い、そんな事だ」
それが師匠の所に住むようになった理由だろうかと、理解力の乏しい頭を総動員して考える。
「俺は取り返しがつかない事が表沙汰になるのが嫌でその事実を隠したかったし、俺自身、身を隠した。なのにあの女はそれが素晴らしいことで誇れば良いだなんて言いやがる。こっちは罪の意識に苛まれて自責の念に駆られてるのに、だ」
そんな理由があったのかという純粋な驚きと
「その取り返しのつかないことってそんなに不味いことなのか?」
好奇心で尋ねてから、返ってきた答えを聞いて後悔した。
「そりゃぁ、人殺しは不味いだろ? 例え
◇ ◆ ◇ ◆
隣で絶句したタスクに軽蔑されたかなと暢気に思いながら、流れる雲を見つめる。
変わってしまった自分が、変わらずに好きなモノ。
もしあの頃、好きだったモノは? と問われたら多分、姉さん―――ではなく。
空と答えるだろう。
友人よりも、家族よりも、そして自身よりも。
空が好きだった。
空っぽの空。
そのことを懐かしく、また同時に蔑みながら趨勢する。
恰好悪いよなぁと。
別にあの女が悪いわけではない。
結局のところ自分がやっていることは八当たりなわけで。
物事に対して何をどう思おうが、それは個人の自由だ。
だから、あの女に何を言われようと、ただ静かに冷笑を返していればそれでいい。
そこに確たる信念と尊い決意が、今も変わらずに内にあるのなら。
もしそこに感情の波が立つのであれば、それは信念と決意が揺らぎ、変わりの『何か』が取って代ってしまったからだ。
「なぁ、シュウ」
「ん?」
「その事を、シュウは。・・・・・・どう思ってるんだ?」
勢いの無い声に、天を仰いだまま答える。
「どうだろうな? 少なくとも俺は最悪だったと思ってる」
それは後悔からくる感想では無く、建前の反省からくる軽い言葉だ。
誰の為でもない。
何の為でもない。
強いて理由を挙げるならば、姉を死に追いやった自責の念に対する免罪符を得る為だけの。
姉さんが殺されて、けれど遺言により復讐は止められた。
ジイさんは死んでしまって、道を再び見失った。
とりあえずあの戦争を終わらせ、平和にすることが出来れば。それが弔いになるのではないかと。
そんな莫迦げた考えの元、戦った。
主義も主張も無い。ただの憎悪。
憎むべき対象は『大戦』という名の無形で、明確に何処へ向ければいいのかすら分からないまま。
戦って、戦って、戦った。
そんな復讐に一体なんの意味が在る?
その癖、無意味だった事に対して意味が在って欲しいなどと一体どの口がのたまうのか。
本気で反吐がでそうで、ちょっと凹む。
瞼を閉じて、視界を闇で満たす。
深呼吸を二回して気持ちを落ちつけてから、目を開ける。
「―――」
夕に染まる空を見て、ああ変わらないなと思う。
変わらないまま、変わる空。
このままずっとこうしていれば、星空を見る事が出来るだろう。
だが生憎とそこまで暇じゃないし、耄碌もしちゃいない。おまけに、もう少し頑張ってみようかなと絶賛努力中の身だ。
「―――うしっ」
「?」
気分を入れ替えるための掛け声にタスクは怪訝な顔を向けてくる。
多分、今の状態が続けばきっと俺の心はまた腐っていく。
悶々と日々を過ごし鬱屈したまま、自己嫌悪と責任転嫁を繰り返す。
そんな自分が嫌だった。
その反面、嫌な自分を受け入れもしていた。
受け入れる事で諦めを手にし、平穏を手に入れた。
時々、津波のように襲ってくる激情も慣れれば、煩わしさは減った。
ただ世界は、なるようにしかならないと。
(だからそう思って・・・・・・)
諦めようとした。
神はおらず、捧げる祈りは自己満足に過ぎず。
努力は無価値で、才能は無意味。
他人の不幸は自分の幸運。
だからヒトの生き死にはそんなものだと。
そう思う事で心を内へ埋葬した。
それでもしぶとく生き返ろうとする心を。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺し尽くして。
それでも死ぬことの無い心は。
とっくの昔に壊れていた。
感動を覚えそうなほどに薄ら寒い。
だが、それでも。
神はおらず、捧げる祈りは自己満足に過ぎずとも。
努力は無価値で、才能は無意味かもしれないけれど。
他人の不幸は自分の幸運。須らく裏表が道理であったとしても。
ヒトの生き死には、ただ過ぎていくだけの出来事じゃない。
その全ては過去と共に意味が有って、今が在る。
そしてその未来に価値はあるのだと。
青臭い上に欺瞞臭い考えだと、理解している。
その証拠に、心の奥でどうしようもなく醒めた笑みを見せる己を自覚出来る。
(でも、まぁ・・・・・・)
それでいいじゃないか、とも思う。
その考えが例え一時の気の迷いであったとしても。
(俺は、俺だ)
どんなに景色が変わっても空が空であるように。
それに比べれば、自分の変化などいかに些細な事か。
「ってまぁ、比較する対象が不適切なんだけどさ」
その辺はご愛嬌。
「なんの話?」
首を傾げるタスクに
「秘密」
顔を横に向けて笑ってみせると嫌な顔をする。
「シュウ、なんか碌でも無いこと考えてるだろう?」
「失礼な。真面目に将来のことを決めたとこ」
「・・・・・・ヒモ?」
「OK とりあえずタスクは殴られたいと」
「誰も、んなこと言ってねぇっ!!」
ヤレヤレと息を吐いて見せる。
「タスク、いいか? よく聞け。昔の偉い人はこう言ったそうだ。―――『新しいバット買ったんだ、だから一発殴らせてよ』と」
「そ、それ意味不明な上に最悪だ!!」
ああ、確かにと笑う。
今を噛み締めながら。
そして決めた事を心に刻む。
よし、家を出よう。