EX3-8

「なぁ、シュウ」
「ん?」
 昼休み。
 いつものように屋上でゴロゴロと無為に時間を潰していたら、タスクから声が掛かった。
 心なしいつもより元気が無い。
「最近、ヒロスケ来ねぇな」
 元気の無い理由はそれかと納得し声を返す。
「そうだな」
 そう言えばここ最近、道場にも顔を見せていない。
「なんか用事あんのかなー?」
 フェンスに頬杖を突きながら溜息混じりにタスクはもらす。
「暇なら教室戻ればいいんだぞ?」
 ヒロスケはお節介な性格らしく、タスクの行動に対して色々言う。
 自分はタスクの行動に対して割と放置気味だ。
 逆にタスクにしてみれば、沢山構ってくれる相手が居ないのが寂しいのかもしれない。
 若者のテンションに付いていけないのは歳かなぁと頭の隅で思う。

 タスクはぬー、と低く唸る。
「シュウはヒロスケの事、心配じゃないのか?」
 その口調には幾分、非難の色が混じっていた。
 今度は自分がんーと頭を捻る番となる。

 中学校に入学して早三ヶ月以上。衣替えも終わり例年通りなら、そろそろ梅雨入りしようかという時期だった。
 ヒロスケは一組、タスクは三組、自分は六組とクラスが綺麗に分かれてしまった。
 それだけならまだしも、同じ学年、同じ校舎であっても教室の階が違う。
 一、二組が一階。三、四組が二階。五、六組が三階と言う風に分かれている。
 話したいことがあったとしても、自分とヒロスケでは二階分も余計に移動しなくてはならない。同じ距離を移動するにしても総じて横の移動距離より、縦の移動距離の方が億劫になりやすく、そうなると自然、顔を合わす回数は減ってくる。そしてわざわざ階段を下って話すほど重要な話も無い。
 この辺、小学校が二クラスしかなかったのに対して中学校は六クラス。規模が違えば扱いも違うなと思う。
 他に体育などの合同授業は隣のクラスと一緒に行うが、先程言った通り綺麗に分かれてしまっているので接点は無い。
 他に接点になりそうなモノと言えば部活動だが、現段階では三人とも無所属だ。
 それにヒロスケなら自分と違い、とっくにクラスにも馴染んでいるだろう。
 それなら新しく出来た友人との付き合いの方が、面白かったり大切だったりするかもしれず。
 ならば過去(これまで)の関係に縛り付けておくよりは、現在(これから)の関係を大事にして欲しいなと思う。
 まぁ、そんなドライな関係が元で、疎遠になっていく例は多いのだろうけど。
 結論としては

「―――うん。心配じゃねぇなぁ」
「えー」
 不満げな声を上げる。
 もしかしたらタスクも、このままいけばヒロスケと疎遠になっていくことを直感的に理解しているのかもしれない。

 便利で羨ましいもんだなと心の中で僻みっぽく思う。
 『何となく』で世の中渡っていける天性の勘。
 何事も損得勘定でしか動くことのできない人間にとって、それは実に驚異的な能力だ。
 『何となく』で真っ直ぐ生きていける。道を違えることなく、ずっと、真っ直ぐに。
 例え間違ったとしても、すぐに修正の利く柔軟性をも持ち合わせていて実に羨ましい。

 そこまで考えてふと思う。
 少なからずヒロスケも『こっち側』に浅く足を踏み入れた人間で。
 その点で言えば少し心配だ。
(アレは根が真面目だからなぁ・・・・・・)
 人がいいのとは少し違う、独自の正義感と独特の優しさ。独善的ではなく、そして普遍的でもない。
 それが元で自分のように捻くれなければいいと思うのだが、どうだろう?
(もうちょい肩の力を抜けば楽になるんだろうけど、指摘したからってすぐに直るものでもないしなー)
 本人の努力次第と言ったところか。

「なぁ、シュウ?」
 窺うような声音で再度、話しかけてくる。
「ヒロスケの噂、聞いたことあるか?」
「噂?」
 自慢にもならないが、噂話には疎い方なので聞き返す形になる。
 タスクは小さく頷き
「なんかヒロスケ、ガラ悪ぃ先輩と付き合ってるって」
「―――ただの噂かもしれないだろ?」
「・・・・・・うん」
 全く納得していない同意に続きを促す。
「で、タスクは何が心配なんだ?」
 言葉を選ぶように逡巡してからタスクは口を開く。
「一週間くらい前かなぁ? 廊下でヒロスケ見かけたんだ」
 頷きもせず目線だけで続きを促す。
「そんで、声かけたらすっげー目で睨まれた」
「・・・・・・」
「なんか俺、悪い事したかなぁ・・・・・・」
 再び考え込むよう口を閉ざす。

 その様子を見てヤレヤレと心の中で溜息をつく。
(普段は能天気で、ちっとも空気を読まん癖に変なとこで弱気なんだよなぁ)
 悩むくらいならいつもの能天気さで聞けばいいのに。
 まぁ、それが出来たなら悩んだりしないだろうなとも同時に思うが。

「タスクが馬鹿な事やる度に、毎回ヒロスケに睨まれてただろ? そんなに凹む事か?」
「いや、違うんだって。なんと言うか、こう・・・・・・」
 そう言って何も無い空間をこね始める。
「雰囲気が尖がってて、話し掛けんじゃねぇよオーラがビンビンと言うか・・・・・・そんな感じ?」
 呆れた声で返す。
「『感じ?』って疑問符付き言われてもなぁ。―――言いたい事は分かるけど」
 どうも感性での会話は自分としては座りが悪い。
 主観に偏り過ぎている気がして公平な判断を下し難いからだ。
 その反面、タスクの勘が鋭い事は認めている。
「タスクはヒロスケと近所だろ? そう言う事で噂は流れてこないのか?」
「あぁ、うん・・・・・・」
 予想に反して目を逸らす。
 肯定でも否定でもないその曖昧な態度に
「? どうした?」
「えーっと・・・・・・」
 喋ろうか、喋らまいか。話そうか、話していいのか。
 どうやら心の中で葛藤しているらしいのを察して
「吐け」
 言うが速いか貫手でタスクの腹を突く。
「おブッ!?」
 至近距離からの攻撃を避けきれず、苦しそうにフェンスに身を預けて蹲る。
「ナ、ナイス突っ込み・・・・・・」
 震える手で親指を立て、苦しそうな笑顔を見せる。
 なんだかなぁと思い溜息を吐く。
「で、何を言い淀んでんだ?」
「あ゛ー」
 タスクは蹲った格好からそのまま腰を下ろして空を見上げる。
「―――ヒロスケん家ってさ、なんか色々大変らしい」
「色々?」
「うん」
 俺も詳しくは知らないんだけどと言葉を小さく付け足す。
「ふーん」
 素っ気無い返事を返すと、タスクは下から不満そうな顔で睨み、先程と同じ問いをぶつけてくる。
「シュウはヒロスケの事心配じゃねぇのか?」
「べっつにー」
 その返事にタスクは益々不満の色を濃くする。
 その顔を見ながら
「他人のお家に口出しするのはルール違反じゃないけど、マナー違反。基本的に問題が起こった後じゃないとアクションを起こせないのが現状で、大人の良識なんだよ」
「シュウは冷たい奴だな」
「そーだな」
 同意されるとは思ってなかったのか、タスクは一瞬驚きの表情を見せ、直ぐに頬を膨らませる。
「俺はシュウがこんなに冷たい奴だとは思わなかったぞ」
「下手を打つ前に気付いてよかったな」
 皮肉を皮肉で返し、溜息一つ。
「俺は別に暖かい人間のフリをしようとは思わないし、したいとも思わない」
 その考えが、ヒトとして間違っていたとしても。

 不機嫌な顔を隠そうともせず尋ねてくる。
「・・・・・・なんでさ?」
「だって面倒臭いだろ?」
 その言葉に顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がる。
「シュウ!!」
 声を荒げ、それに続く言葉を懸命に探す。
「―――!!」
 だが適当な言葉は見つからず、拳を震わせ、俯いて唇を噛む。
「もう知らん!! シュウのバカチン!!」
 それだけ言うと走り去っていった。
 なんとも口汚い言葉を残して去って行った友人の後ろ姿に苦笑が漏れる。
「若いなぁ」
 義憤に駆られて動くことが出来るのは若者故の特権か。

 ああ、これぞまさに青い春。
 少年よ、大志を抱けと言ったのはウィリアムさんだっけ? スミスさんだっけ? クラークさんだっけ? 古星暦の人だっけ? 旧西暦の人だっけ?
 と思考がどこまでも飛んでいきそうになるのを、どうでもいいことかと締めくくる。
「しっかし、まぁ、あのヒロスケがねぇ・・・・・・」
 タスクの言葉を疑うわけではないが、どうもピンと来ない。
「グレるんなら、俺の方が可能性としては現実的な気がするんだけどなぁ」
 世の中どう転ぶか分からんもんだと空を見上げる。
 そこには青い空が広がっていた。
 濃くて低い、夏の、空。
「・・・・・・面倒な事にならなきゃいいんだけど」
 願うように小さく呟く。
 しかしながら残念な事に世界は往々にして自分対して優しくない。と言うかむしろ厳しい。
 願いが受け入れられた例がないのは日ごろの行いの所為かなぁ。なんか悪い事したっけなぁ。
 などと頭を捻ってみるが思い当たる節が多すぎて答えは出そうも無い。
「しゃーない」
 観念して重い腰を上げ、背伸びを一つ。
 校舎に掛かった時計を見れば、授業までもう少し時間がある。
「ヒロスケ君の様子でも、見にいきましょうかね」
 行動の指針が決まれば、後は動くだけだ。
 自主的に動くなんて珍しいなぁと自分の行動を振り返る。
 少しはヒロスケのことを心配しているんだろうか。
 深く考えることはせずに屋上を後にする。

 この時、もう少し真面目に心配していればと三日後に後悔した。



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