EX3-10

 放課後になるまで、いつも通り授業を受けた。
 動くのは放課後になってからだと決めていたからだ。
 その間、学校全体が落ち着かない雰囲気になっているのを感じていた。
 祭りの前のような浮ついた感じに少し似ているかもしれない。
 昼休みに副会長サマから聞いた『祭り』という単語を嫌でも思い出す。
(阿呆の中心かぁ)
 小利口に生きてきたつもりの自分としては、今の自身の行動がどうにも納得し難い。
 もっと分かり易い利得が目の前にあれば、テンション上がるのになぁと。(やや)もすればそのまま帰路に付きそうな足取りだが、一応は決めたことなので目的地に向かって歩いている。
 間が悪いのか、そういう星の元生まれてきたからなのか、タスクに会うことは出来なかった。
 それが一層、足取りを重くさせる。
 先に断っておくと、一人で行くのが寂しい訳でも、ましてや頑なに誘いを断っておいていまさら意見を翻すのが疚しい訳でもない。
「って、誰に言い訳してんだろうね?」
 思考にセルフでツッコミをいれて苦笑。
 自分の行動に言い訳が必要になったら、いろいろ末期かなと思うのだが、それも健全な精神活動の一部かと考え直す。
 何はともあれ、面倒を押し付ける相手が居ない事が侘びしい。

 見えてきた目的地に足を止める。
 場所は町の境目に近い廃工場の敷地。
 山の一部を拓いて建てられた工場は、自分たちが生まれる何年も前に妖物の被害に遭って閉鎖、解体された場所だそうだ。
 立っている足元はアスファルトで、何ヵ所もひび割れてしまっていた。
 その割れ目から草が生えているのを見て、自然は逞しいなぁ等と場違いな感想を得る。
 所々に残る白線の後が、ここが駐車場として利用されていた場所なのだろうと推測される。
 その隅の方には赤茶けたH形鋼と廃タイヤが無造作に積まれ、さらに別の場所には不法投棄された様子の家電製品と産業廃棄物が小山を作っていた。
 後ろに見える山はすでに闇に包まれ、吹き下りてくる風はなぜか生暖かい。
 いかにも、な雰囲気に雪は嫌がりそうな場所だなと暢気に思う。
 これで無人だったりするともうちょっと違う感想を思うのだが、見るからに頭の悪そうな学生たちが二十人くらい(たむろ)しているのを見て溜息が出る。
 こちらのそれに気付いたからなのか、それとも最初からそうする気だったのか。複数あるグループの一つが近づいて来て、さらにその内の一人が横柄な声で問う。
「テメェ、一人で何しに来やがった?」
 嘲りと不躾しか読み取れない態度に、ヒトは見かけで判断しちゃいけないんだよなーと、かなり難易度の高い要求を実現しようと試みるも失敗に終わる。
「ハッ!? このメガネ、ビビッて声も出ねぇぜ!!」
 ゲラゲラと。
 品格の無さが憐れみを誘う。
(と言うかさっきの質問って、答えなきゃいけないのかなー)
 問われたら答えるのが礼儀というものだろう。だがしかし、と思い直す。
 どうやらここでは、沈黙が委縮とイコールで結ばれる業界らしい。
 そんな業界なら、きっと非礼も大目に見てくれるはずだ。
「あんたら全員、頭悪そうだな」
 語尾に(笑)とか付けたくなりますよねーと、胸中で呟く。
「ア゛ぁん?」
 相手の剣呑な空気を無視して一言。
「退け」
 グループ全員の米神に青筋が浮かぶ。
「テンメェッ・・・・・・」
 退いてくれる様子の無い相手に予備動作無しで足払いを掛ける。
「ガッ!?」
 高速での足払いに重心を崩し、強かに頭を打って一人脱落。
 残りの五人が一瞬の出来事に唖然とする。
 思考が回復する時間を待ってやるのも惜しいと、五人全員を一呼吸の間に殴り飛ばす。
 いい感じに飛び散って動けなくなった相手を冷ややかに見遣る。
 折角、数で勝っているのだから連携位取って見せろと。だからといって連携が取れた位で傷一つ付くつもりもないが。
 力場(フィールド)の形成状態も、一般人と比較して練度が少し高いだけで武術の心得のある者と比較するのは困難なレベル。
「―――」
 温いというか、アホいというか、バカい。
 雅語では釣り合いが取れず、俗語では単語に含まれる意味が足りない。
 百万の言葉を労せば形容は可能だろうが、そこまでして説明するほどの熱意は全く無かった。
(ああ、だから・・・・・・)
 頭が悪そうなのだと自分の感性に理性が追いつく。
 喧嘩を売るなら相手の力量を見誤るな。
 それが出来なければ戦場では死ぬだけだ。
 退けぬ理由があるわけでも、勝利への渇望があるわけでもない。
 それでいて勝てぬ相手に戦いを挑む事をヒトは何と呼ぶのだろう。
 挑戦? 蛮勇? 無能? 無謀? 変態? 間抜け?

 ああ、平和な世界だと、改めてそう思う。
 そう思う感情は、蔑みであり、憧憬であり、羨望だ。
 そして自分の異質さに心が重くなる。また、それと同時にどうしようもない怒りが沸いてくる。
(マズイなー)
 頭の中で暢気なことを考える部分が警鐘を鳴らす。
 妙な方向にヒートアップしているテンションをクールダウンさせろと言うことらしい。
 このままだとムカつきに任せて手加減の仕方を誤りかねない。
 そうなればミイラ取りがミイラになって終わりだ。
 それは凄く莫迦っぽいし、なにより義父さんたちに迷惑が掛かる。
「―――」
 深呼吸を二度。
 思考を正常域まで戻す。
 他のグループに視線を移せば、慌てた様子で顔を背けられる。
 どうやら力量の差は分かってくれたらしいが、燻っている苛立ちの発散が出来ないのはちょっと残念だ。
 正当防衛を主張したいお年頃としては、こちらから仕掛けるのは躊躇われる。
 なんだかなぁと思う。
 必要のない時は突っかかってくるくせに、必要なときは離れていく。
 まぁ、邪魔をしないのなら放置しておけばいいかと、もう少し先にある工場跡地へと足を向ける。
「おーい」
 そこで聞こえた遠くからの呼び掛け。
 覚えのある呼び声にゆっくり振り向く。
 タスクが息を切らして走って来ていた。
 目の前まで来て、膝に手を当てながら息を整える。
「やっと、追いついた〜」
 上気した締まりの無い嬉しそうな顔。
 それがささくれ立った気へ妙に障る。
「い、いひゃい!?」
 頬をつねりながら抑揚の無い声で問う。
「なにがそんなに嬉しいんだ?」
「へ?」
 そういって不思議そうな顔をするタスク。
 そのまま腕を組んで考え込み、
「いひゃー、やっぱりヒューもひんぱいでひてくれひゃんだなーって」
 頬をつねられたまま、嬉しそうな顔で。
 余りにもあっけらかんとして言うものだから毒気を抜かれ、つねっていた手からも力が抜けた。

 ああ、羨ましい奴と、本当にそう思う。
 そう思う感情は、蔑みであり、憧憬であり、羨望だ。
 けれど少しだけ心が軽くなった気がするのは、何故だろう?
 先程と同じ感情であるはずなのに、苛立ちが生まれないのは―――
(多分、コイツが何も考えてないお馬鹿さんだからだ)
 それでいて間違えることなく、ずっと、真っ直ぐに。光に向かって進むことが出来る。
 損得でしか動けない自分には、少し眩しい。
(まぁ、いろいろ台無しだけど・・・・・・)
 相変わらず締まりの無い顔を見て、コイツは変わらないなぁと半分呆れて、半分感心。
 そんなコイツもいつかは変わっていくんだろうかと、ふと浮かんだ疑問に。今、答えは出ない。
 気持ちを切り替えるように息を吐いて
「よし、じゃぁ行くか?」
「おうともさ!!」
 元気のいい返事が返ってくる。
 とりあえず並んで歩を進め
「ところでさっきの返事の『おおともさ』って何? 流行り?」
「えー!? もしかしてシュウ、知らねぇの!?」
「知らん」
「うっわー、もう、これだから」
 嘆息をしてヤレヤレみたいなポーズをとってから
「・・・・・・ノリ?」
 反射的な動きでタスクは身を屈め、放った蹴りを回避した。
「あ、危ない!! 今の危ないって!! ってか、ちょっとマジだっただろ!?」
「え? そんなことないデスヨ? マジだったら今頃、胸の辺で胴体が分離してるハズだから」
「人間は分離しねぇよ!! するのは変形だけだよ!!」
 タスクの発言に目を瞬かせる。
 言った本人も違和感を覚えた様子で
「・・・・・・するのか? 変形」
 いや、変形と言う単語の意味で言うならするかもしれないが、タスクの言っている変形は恐らく合体、分離、変形での意味で、だと思う。
「・・・・・・あれ? しないっ、け?」
「・・・・・・多分」
「―――」
「・・・・・・変身の間違いじゃないか?」
「・・・・・・うん、そう」
「・・・・・・そうか」
 なんとも居た堪れない空気のまま無言で歩く。
 それから五分ほど歩いて、工場跡地へたどり着いた。
 そこには、先程より多い四十人位の人垣と、それに囲まれるようにして立つヒロスケが居た。
「うおー、修羅場?」
 タスクが歓声を上げる。その声に反応して外側の何人かが振り返る。
 よく見ると人垣の外に四人ほど倒れていた。どうやら祭りはすでに始まっているらしい。大人数に囲まれて袋叩きにされていないのは一応約束事(ルール)があるのだろうか。実に文明的で下らないなと冷めた感想を得る。
 その一方で袋にされるのも時間の問題かな、とも思う。

 連戦には連戦の戦い方がある。
 力量差を鑑みるに、ヒロスケでも普通に戦って敗けることはまず在り得ない。それでも四十人抜きを完遂する為には、体力のペース配分を考えなくてはならず、さらには一戦一戦の消耗を出来る限り抑えなくてはならない。
 ヒロスケも莫迦ではないので分かってはいるだろうが、それを実践できるかどうかは別の話であり、そしてまた経験が不足している。
「さて、どーしたもんかね?」
 言いつつ隣を見る。
 モテモテヒロスケ君の順番が空くまで待っているのは時間が惜しいし、そこまで暇じゃない。
 でも順番は守るのがルールなわけで
「よし、タスクあの雑魚共を全員倒してこい」
「?」
 キョトンとした表情で見返してくる。
「もしかして、それ、俺一人?」
「うん」
「なんかそれ、酷くね?」
「なんとかなるだろ? つーかしろ」
「お、横暴だ!!」
 騒ぐタスクに、さっきよりも多い数の目が向けられる。
 まぁ、確かに連戦に関しては体が小さい分、タスクの方がより不向きだ。
「フム」
 思案は一瞬。
 さらにその次の瞬間には、その場に居た半分の数が宙に浮き―――地面に叩き付けられた。
 場が騒然となる。
「よし。これで半分は処理してやったから、もう半分はお前な?」
「―――え? え?」
 タスクは驚いたように慌ただしく首を巡らす。
 何を驚いているのやら。さっきの動き程度なら反応は出来ないまでも、目で追うくらいはして欲しいものだ。
(帰ったら特訓だな)
 内心で邪悪な笑みを浮かべつつ、ホラ行ってこいとばかりに手を振る。
 それに従う形で渋々三歩進み、そしてすぐ戻って来た。
「何がしたいんだ、お前は? トイレも一人で行けないお子様か?」
「いやー、ほら?」
 そう言って言葉を選び
「俺ってこういうガチンコバトルって初めてじゃん? なんかアドバイスの一つでも欲しいなー、なんて」
 タスクにしては殊勝な心掛けに、ある種の感動を覚える。
 だがそういう事ならこちらとしてもアドバイスくらいなら(やぶさ)かではない。
「よし、タスク。一度しか言わないからよく聞け?―――殺やられる前に殺れ」
「うん、こんなに清々しい気分で後悔したのは久しぶりだ」
 シュウに聞いた俺が莫迦だったとイイ笑顔で(のたま)う。
 あっれー? おっかしいな? 今のすげー名言だと思ってるんだけど。
 言葉って難しいよなーと独りごちる。
 まぁ、いいかと思考に区切りを付け
「じゃぁタスク、残りの雑魚は任せた」
「えーっと、やっぱり一人で?」
「なんだ? 不安か?」
「あの位なら問題はないと思うけど・・・・・・」
 ソッチの方が心配だと視線を向けてくる。より正確に言うならヒロスケが、か。マジで折檻半端ないからな。
「大丈夫だって。ちゃんと矯正するなり去勢するなりするから」
 晴れない笑顔で
「そっか。分かった。ヒロスケのこと頼むな」
 了解と片手を上げてみせる。
 因みにさっきの発言は去勢と矯正の韻を踏んだ洒落のつもりだったんだが、チト難易度が高かったか。ツッコミを入れてくれなかったのがちょっと寂しい。
 理解してもらえない洒落ほど寒いものは無いよなーと。

 ぬおりゃーとよく分からない鬨の声を上げてタスクが乱入していく。
 最初の一発、ドロップキックで二人沈め、後はもう乱闘だった。
 不良のお兄さん方も敗けじと応戦する。ノリがいいのか血気盛んなのか、判断の難しいところだ。
 そして一人、蚊帳の外に置かれたヒロスケに自然と目があう。
 その目は昏く淀んでいた。



Back       Index       Next

inserted by FC2 system