EX3-11

 まぁ、この辺でいいだろうと足を止める。
 喧騒から離れるためにより山に近い方へ場所を移していた。
 人工の明りは遠く、少ない光源では相手の表情を視覚から判別するのも難しい。
 力場検索(フィールド・サーチ)で離れた場所で乱闘を行っているタスクが予想以上に苦戦しているらしいことを知り、経験の無さがモロに出てるなぁと冷静に分析してみる。

「心配なら、助けに行ってやればいいじゃないか」
 どこか投遣りな提案に、否定を返す。
「いや、いい。先に済ませときたい用事があるし」
 そう言って相手の正面に体を向け、目を細める。
「単刀直入に聞く。―――ヒロスケ、お前は何のつもりであんな下らない暴力を振るった?」
 問いに、大きなお世話だと言わんばかりに唇を歪める。
「別にいいだろ? ちょっと手加減の仕方間違えたくらい。―――次からはもっと穏便に上手くやるさ」
「―――倒れて動けなくなった相手に、追い打ちで暴行を加えることがお前のちょっとか?」
 しかも次ときたか。反省の色は無いし、全く持ってヤレヤレだ。
 溜息一つ。
「・・・・・・俺がココに何をしに来たか、分かってるか?」
 答える声に揶揄の響きが混じる。
「御高説でも聞かせたくなったのか?」
「阿呆め。誰がそんなまどろっこしいこと、したいなんて思うかよ」
 付き合いだして初めてと言っていいくらいに、互いの剣呑な空気をぶつけ合う。
「だろうな。―――どうせ下らない責任感に押されて来ただけだろう?」
「正解」
 でなければこんな面倒な場所にわざわざ足を運ぶような真似はしない。
「んじゃ、これからどうするか、それも分かるな?」
 言葉と同時、力場(フィールド)で強化した拳を放つ。
 その拳を、同じく力場で強化した腕で払い、逆に関節を極めるために手が伸びてくる。
 それをバックステップで躱し、再度距離が開く。
「はっ!!」
 今にも高笑いを始めそうな暴力的で不敵な笑み。
 次の先手はヒロスケからだった。
 常人が当たれば、即病院行き決定の鋭い蹴りが、二度、三度。
 その全てを回避し、四度目を防御した所で攻撃は止まる。
 相変わらず暴力的な笑みを浮かべている。
 高揚した気分で振るう力は、さぞ気持ちがいいことだろう。

 力で相手を捻じ伏せ、屈服させる。
 それも、ある種の積み重ねを経て得た力で。
 その充足感は一入(ひとしお) だろう。
 しかも、今まで敵う事のなかった相手に防御されたとはいえ、一撃入れたのだ。
 それは高みに手が届いたと。そう錯覚するのに十分な実績となりうる。
「―――」

 ああ、もう、その表情はアレか。
 僕、強くなったんです、ザマーミロ。俺を昔の俺と同じと思うなよ、的な。
(小者っぽい・・・・・・)
 二流も二流。ド三流もいい所だ。
 まぁ、だからこその『ヒト』だろう。そしてまだ青い。
 慢心をしないヒトは居ない。違いとはその大小で、それを省みることが出来る冷静さと経験を持ち合わせているかどうかだ。
 でも、だからこそ。
 その思い上がりを正す事が、既に面倒だった。
 それは
「―――見苦しいんだよ。柳広輔」
 侮蔑でなく、嘲りでもなく、純粋に怒りとして想いを言葉に乗せる。
「弱い者イジメして、強くなった積もりかよ?」

 自分に一撃を入れた事で慢心するのなら、別にいい。
 その思い違いを、受け入れた後で愉快な形で矯正してやろう。
 だが屈服させることに、昏い悦びを覚えるのなら。
 他者を傷付けることに躊躇いを忘れるのなら。

「テメェは潰す」
 宣言の通り動く。
 完全に戦闘用に切り替えた思考で。
 相手の横に回り込む。
 フェイントも何も無い、ただの動作だ。
 それに
「!?」
 相手は目ですら追えていない。
 身の危険を察知し、辛うじて防御用の力場を展開―――
「がっ!?」
 する前に蹴り飛ばす。
 優しく、意識を刈り取らない程度に。
 蹴りで宙に浮いた体が、木の幹に打つかって止まる。
「ッ―――」
 痛みに顔を歪めながらも、次の攻撃に備え構えるが
「死なないように、腹に防御を固めとけ?」
 完全に相手の知覚の外に居ながら、懐に入った状態で囁く。
「!?」
 慌てて防御力場を腹部に集めるのを待ってやり、短い呼気と共に撫でる様な掌底を入れる。
 肺から空気が漏れるようなか細いうめき声と、木の幹が連続して折れる音とが重なる。
「・・・・・・」
 追撃は行わず、立ち上がるのを待つ。
 死んでもいないし、ましてや気を失ってもいないだろう。
 加減はしたし、そこまで弱くはないはずだ。
 予想通り、右手で腹を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
 その息は荒く、土で汚れていた。

 今の二回の攻撃だけで格の違いは、莫迦でなければ十分に理解できたはずだ。
 己の強さがいかに狭い世界の話だったのか。
 今、この現状では逆立ちをしても絶対に勝てないという事実。
 それでも、痛みに耐えて立ち上がらなくてはならない。
 それが例え強がりでも。痩せ我慢でも。
 ここで痛みに負けて蹲ってしまえば、もっと大切なモノを失ってしまうから。

「どうした? 柳広輔。テメェのチンケな力はこの程度か?」
「煩ぇ・・・・・・」
 息も絶え絶えに、痛みに顔を歪めながら反論する。
 それに侮蔑を隠すことなく、傲慢にせせら笑う。
「本当はテメェは暴れたいんじゃなくて、愚痴りたいだけだろう?」
「煩ぇな!! 放とけよ!!」
 怒鳴り、痛みが体に響き、また顔を歪める。
「なんだ、図星か? 存外ガキっぽいな」
「ッ!!」
 無言でヒロスケの拳が飛んできた。
 それを冷静に回避する。
 剥ぎだしの敵意に薄い笑みを返す。
「そう言って、本当に放っておかれたら影で泣く癖に?」
 悪意で以て尊厳を踏み躙る。
「喜べ、柳広輔。世界で100番目位に不幸な俺が認めてやるよ。―――お前は不幸だ」
 だから
「死ぬまで涙を流して、嘆き、悲しみ、世界を呪い続けろ」
 不幸な自分に酔って、全てを他人の所為にして。
 嫉み、僻むだけの毎日に。
 幸福の定義(しあわせ)を見失う。
「そうすればお前は世界で一番幸せになれるさ」
 返ってきたのは、感情と理性の狭間で揺れる怒りを含んだ言葉だった。
「シュウ!! お前にッ!? 一体、他人の何が分かるって言うんだ!?」
 その言葉を鼻で笑って返す。

 今、彼の家庭が大変なことも。
 家族が離れて暮らすことになるかもしれないことを。
(俺は知ってるよ・・・・・・)
 上辺だけだが、調べられる範囲で調べた。
 けれど、きっとその本質は。何一つ理解できてはいない。
 彼が今に至る、苦悩や挫折、葛藤その他諸々の何一つが、分かって、無い。
 反面、腐る気持ちが分からない訳ではないのだ。
 それがとても貧相な想像で、彼の気持ちの十分の一に満たないモノだとしても。
 それでも、それを鼻で笑い、傲慢にこう答えなくてはならない。
「当たり前のことを尋ねるなよ、柳広輔。―――赤の他人であるお前の事なんか、分かるわきゃねぇだろ?」
 拳が一段と固く握り込まれ、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「・・・・・・持ってる奴には分からねぇよ」
「“誰”が“何”を“持って”るって?」

 意地の悪い問い返しだと、そう思う。
 彼は知っている。自分が孤児(みなしご)だということを。
 けれど同時に親と呼べる人が居ることも知っている。

 本当の親を知っていて、当たり前に育って、けれどそれが壊れていく様を見るのと。
 本当の親を知らず、けれど新しい暖かい家族の元で暮らすのと。

 どちらが幸せなのか?
 どちらがより不幸なのか?

 彼はそれを天秤に掛けて、量りかねている。
 加えて幼い矜持は、家庭の恥を曝し事情を話す事を拒んでいる。
 だから
「―――ッ」
 少年の内に答えは無い。
 否、もしかしたら答えを持ち合わせているのかもしれないが、それを語る為に必要な心の整理をする術を、今は持っていない。
 故に少年の口から答えが返ることはない。

 肩の力を抜くように軽く息を吐く。
「割り切れよ、柳広輔。世界は成るようにしか成らないんだから」
 嘆きは嘆きのまま。
 哀しみは哀しみのまま。
 世界は世界のまま。
 変わらずに回り続ける。
 それでも。
 それらを『何か』に変えることができる奴だけが。世界と対話し、世界を変えていく資格を得る。

「割り切れ? 割り切れってなんだよ?」
 自嘲と嘲笑。その二つを縒り合わせた凄惨な笑み。
 一体、何が彼を此処まで追い落したのだろうかと、疑問に思うべきなのか同情すべきなのか。
「割り切れないからの今だろ?」
 ヒロスケには似合わない昏い光を宿した瞳。
「いつも、いつもお前はそうやって―――普段、悪ぶってるくせに結局最後は正論ばかりの、そんな奴にッ!?」
 何が分かるのかと、先程と同じ言葉でありながら、今度は憎しみの籠った言葉で。
「皆が皆、お前と同じように強者として生きていけるわけないだろ!!」
 拳は怒りに震え、激情に呑まれぬよう歯を食い縛る。
 だが、ギリギリまで保っていた理性が決壊する。
「クッ、ソォォォ―――」
 瞬間、彼の立っていた地面が爆ぜた。
 力場を纏うこともせず、加圧(ブースト)だけの蹴りで突っ込んでくる。
 一つの工程を省いた攻撃(ワン・アクション・オミット)は速く、相手の虚を付くには有効だ、が身体には著しい負担が掛かる。
 その攻撃を慌てもせず、スウェーで回避。
 着地後すぐに、身体の向きを変え再度飛び掛ってくる。
「そうやって見下しやがって!!」
 スウェーで避けたのが御気に召さなかったらしい少年の言葉に片側の口角を吊り上げる。
 ヒロスケの言った事は正しい。
 何故かこういう輩は、普段頭が悪いくせに自分に向けられる蔑みの視線にだけは過敏とも言える反応を示す。
 人間変われば変わるものだと冷笑が漏れる。
 あのヒロスケが、今はこうだ。
 不変や永遠なんてモノが存在しない事を、久々に愉快な気持ちで思い出す。
 その間にも容赦なく攻撃は続く。
 過剰に分泌されたアドレナリンが痛みを消し、猛々しいまでに連撃を繰り出してくる。
 力場を纏った拳と脚、肘と膝。激情に呑まれながらそれでいて流れるような動作で攻撃を繰り出してくる。
 だがその全てを。
「・・・・・・」
 最小の動きだけで回避する。
 攻撃が絣もしない事に業を煮やしたヒロスケは、大振りとも言える蹴撃を放つ。
 脇腹狙いの、刈るような動きでの左斧脚。
 冷静さを欠いた歪な形の力場。それでも加圧の出力を上げた重い蹴りだ。
 しかし残念ながら大振りな一撃というのは避ける事は容易い。当然、避けるには十分な余裕がある。
 だがその一撃を
「―――」
 敢えて受けてみる。それも生身で。
 力場で強化されていない右腕が痛みで悲鳴を上げる。その痛みが伝播するように身体全体が満遍なく軋み、足裏が地面から浮きそうになるのを重心移動でなんとか堪えた。
 出来るだけ衝撃を分散させダメージを軽減させたが、その全てを0にすることは出来ない。痛みで漏れそうになる苦悶の呻きを無表情でやり過ごす。
 ヒロスケが驚きに目を見開いたのを他人事のように見据える。

 放たれた蹴りは強かった。
 力場を纏ったから強いのではなく、加圧の出力を上げたから強いのでもない。
 込めた想いが強いから、その分強い。

(ああ、本気なんだな。コイツ)
 さっきのでイカレた右腕を無視し、半身をずらして身構える。
 本気で迷っているのだ。

 どうにかしたい現実に。
 どうにも出来ない自分に。
 本気で―――

 間違えないと。間違いたくないと。
 誰もが一度は望むだろう。光ある道を、真っ直ぐに。
 でも、望むだけで叶うほど、世界は優しくなくて。

 多分、結局、何も変えられないし、変わらない。
 それは、今この瞬間ですら、それぞれの選択の結果に過ぎずないから。
 それは頭の良いヒロスケなら重々承知している。
 それでも大切な場所を守りたかった。
 ただ繋ぎ止めるだけの何かと、その方法を見つけることが。残念ながら彼には出来なかった。
 その想い故に屈折して、道を誤ったのだとしても。
 その想いに嘘は無い。

(バカだなぁ・・・・・・)
 自然と零れそうになる笑みを悟られないように隠す。
 愚直なまでに真っ直ぐで、格好付けで、曲がらない。
 そういうコイツを気に入っている。
 だから、同情も慰めもしない。
 格好付けている所を笑ってやり、格好悪い所も笑ってやろう。
(重いのは真っ平だしねー)
 簡単に投げ捨てられる程度の、軽い関係でいいと、そう思う。
 それ以上を望むべくも無い。
 そういうのはいつか消えて居なくなる相手には不向きな立場(ポジション)だろう。
 だがまぁ、ガス抜きの相手位ならなら付き合ってやってもいい。
 それが
(俺が、俺に許す、最大限度のお節介だ)

 本当に、何の根拠もないけれど。
 ヒロスケなら自力で立ち上がれるのではないかと。
 そんな風に思うのは、信頼でもなく信用でもなく、ただテキトーなだけだろう。
 また莫迦をするようなら何度でも殴り飛ばすだけだ。
 だから今回は
「片手落ちのハンデにしてやるよ。チンケな力で本気を出して、精々頑張れ」
 安い挑発に再び殴りかかってくるヒロスケを。
 立ち向かってくる数だけ、何度でも―――殴り飛ばす。



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