EX3-14

「二次方向より敵機増援。数三」
「くっ!?」
 眼前の敵に手古摺っている間にも刻々と戦況は変わる。
 敵が振るった光刃をギリギリで回避し、至近距離で右手に構えた銃を発砲。
 敵機が倒れる。
 それを見送る暇も無く、次の敵を照準(サイト)に入れようとして
「いだっ!?」
 当てられた。すでに先程の増援は散開し、遠距離から射撃を始めている。
「防御力場、耐久値減少。このままだと貫通するぞ」
 冷静な声を聞きながら、コクッピトの揺れに辟易する。
 そんな一瞬の苛立ちでさえ、機体の挙動を鈍らせ、そして体勢が崩れたところへ集中砲火を浴びる。
 防御力場を練り直して耐久値を高めるが、敵の火力の方が高い。
 ジリ貧で負ける。
 そう判断し、突破を掛けようとして
「バカたれ」
 安直な悪口と同時に眼前に敵が居る。
「!?」
 咄嗟の判断で進行方向を変えるが、すでに敵機は光刃の振り下ろし体勢に入っている。
「くっ、―――そぉぉぉ!!」
 操者(パイロット)の意思に機体が応えた。
 EBSが機体の性能を底上げし
「―――ッ」
 無理のある挙動に凄まじいGが掛かる。だが敵の刃は装甲を削るだけに留まった。
 刃を振り下ろした姿勢で側面からの無防備な背が見えている。
(いける!!)
 思うより速く、左手に剣の柄を装備させ、力場(フィールド)を流し込む。
 そうして形成されるのは力場で出来た光の刃だ。
 敵は距離を空けようと加速器(ブースター)を吹かしているが
「逃がさん!!」
 初速のステップにこちらも加速器と、更に重力制御も追加して敵機へと肉薄する。
 間合いからして避けようのない攻撃。
 深々と敵機を両断するだろう刃は、しかし届かずに終わった。
「!?」
 当たる直前。敵機ではなく自機の方が強烈な横揺れに襲われた。
 それは―――
「ぬぁぁぁ!? 卑怯だぁぁぁ!!」
 他の機体からの援護射撃が防御力場に直撃。
 更には防御力場の耐久値も零になり、
「ッ―――」
 息を呑む。
 やられた。射線上に誘い込まれたという悔しさが先行しそうになるのを無視。
 完全に崩された体勢に、先程の敵機が光刃での突きを放っている。
 間に合わない。
 回避も防御も既に無駄な事を理性は悟る。
 それでも生存本能が足掻くことを選択させる。
 自壊すら覚悟した上で、機体の全ての機能を使い、なんとかこの状況からの脱出を試みる。
(間に合えッ!!)
 眼前に迫る剣筋を最後まで目で追い―――



  ◇ ◆ ◇ ◆

『当機体は爆散しました。当機体は爆散しました。』
 ぐったりとした姿勢で機械音声を聞く。
 クリスタルインターフェースを握っていた掌が汗を掻いているのに気付き、ズボンの裾で適当に拭う。
『訓練、お疲れ様でした。再度、同じ訓練を行う場合は“リトライ”を。違う訓練を選択される場合は“終了”を選択後、メニュー一覧から希望する訓練を選択して下さい。なお今回の評価は“32点”です。』
 ある意味予想通りの評価に、リトライを反射的に選択しようとして
「やめとけ。ムキになったって余計、評価が落ちるだけだ」
 それにと付け足し
「今日の修練の事も考えると体力的にはそろそろ限界だろ?」
「―――」
 指摘はもっともなのだが悔しい。凄く悔しい。
 特に最後の『いける!!』と思ってからの一連の流れが超悔しい。
「一対一なら絶対、負けてなかったのに・・・・・・」
 と言う負け惜しみに対して
「まぁ、どっちかと言うと単機で複数機を相手に戦闘継続判断を下す方が頭悪いから」
「え!? でもこれ最初に『敵機の殲滅が作戦目的です』とか言ってなかった!?」
「ああ、この戦闘シミュレーター『特攻君2』は頭悪いから、その辺加味しとかないと」
 呆れた声で言葉を返す。
「そんなのどうやってクリアすんだよ?」
 明らかに無理ゲーだろ。
「ん? 十三時間耐久で生き残ると援軍が来るから、そうするとクリア。ちなみに今の難易度は易しい(イージー)な?」
 十三時間とか暇人過ぎるだろと出かかった言葉を飲み込む。
「―――難しい(ハード)にすると?」
「十八時間耐久で生き残ると援軍が来るんだが、その援軍と一緒に敵を全滅させるとクリア。ただし味方がうっかりで、頻繁に攻撃をあててくるから注意な?」
「それ、酷過ぎるだろ・・・・・・」
「いや、実は裏道があってだな? 莫迦な命令を出した上官を誤射で倒すとそこから下剋上ルートに突入するんだ」
「いや、そんなルート突入されても」
「なかなか難しいんだぞ? 味方はシステムの都合上、攻撃できないように設定されてるから、上手く敵を誘導しなくちゃいけないし。でもそれをクリアしないと百〇八あるエンディングがコンプできないから憎いよなー」
 百〇八もあるんかいというツッコミは扨置(さてお)き。
「シュウって実はやり込み派?」
「うん?」
「いや、なんかとりあえずコンプしないと気が済まないとか、クリアよりもコンプすることが目的に変わっちゃてるとか」
 んー、どうだろうと一瞬考え
「ただクリアするだけだと簡単過ぎるからなー。惰性でやってた感があるし、微妙に違うんじゃないか?」
「簡単過ぎですか、そーですか。俺はコレ、かなり難しいよ」
 そう言ってコックピット内に視線を巡らす。
 無駄を省いた球の中に、体重を席に預ける形で立つようにして座っている。そしてシュウの周りにだけ半透明の薄緑色の板が浮かんで(・・・・)いる。
「慣れだと思うんだけどね」
 その声に苦笑が混じるのは、共有できない感覚故か。
「んじゃ、いつも通りレージのおっさんとこ行ってアドバイス聞いて、それから父さんの修練に行ってこい」
「うーい」
 シミュレーターを終了させ、ハッチを開き外に出る。キャットウォークの上に立つのも四回目にもなれば慣れたものだ。
 振り返れば、シュウは中に残り、何か色々やっている。いつも通りに。
 すでにその作業に没頭しているのか、珍しくその表情が真剣だ。そしてそれもいつも通りだ。
「―――」
 二週間前、学校に赤いロボットが落ちて来て、色々あった。
 新しい情報が無いまま時間が過ぎ、すでにその混乱は収まりつつあるが、未だにワイドショーではその時の映像が流れたりもする。
 それこそ最初の頃は連日大騒ぎで一週間は学校も臨時休校となった。
 学校が休みになったという事実は個人的には大歓迎なのだが、シュウが大怪我を負ったりして素直に喜べない状況でもあった。
 事が落ち着いてから、シュウから詳しく事情を聞こうとすればノーコメントの一点張りで。代わりにこのロボットの存在を教えてくれた。
「―――」
 見上げる形で視線を上に向ける。
 そこにあるのは胸部装甲から、覗くように見える鈍色の鉄巨人の頭部だ。
 限りなく人型に近いフォルムはマッシブで、五体があり、五指がある。
 20メートル近いこの鉄塊が、動き回る様は正に圧巻であり、こんなのが集まって校庭で殴り合いを始めた時は、それはもうもの凄い迫力だった。
 この機体は残念ながら飛べないらしいが、レージのオッチャン達の機体は飛ぶことすら出来る。
 興奮に胸が熱くなる。
 心が躍る。
 例え疑似的にであったとしても、それを操縦しているという現実に。
 だがその現実に集中しようとすればするほど、どうしても大きな疑問が付いて回る。

 こんなモノは在り得ないと。

 大人達はそれを知っているから、驚き、恐れ、騒いでいるのだ。
 そしてその不安を少しでも和らげるために、お茶の間に映像を流し、画面に隔たれた向こう側に世界を作り、現実を麻痺させ遠ざけていく。

 重い息を吐く。

 そういう理屈を説明されて、そうなのかと漠然と思うことは出来る。けれど納得することは出来ない。
 種明かしをされた手品を見て、それでも種を理解できないときのような複雑な気分だ。
 昔のようにロボットを見て、ただ無心に喜んでいられれば良かったのにと、少し寂しく思う。
 絶対シュウとヒロスケのせいだ。
 難しい事の考え過ぎで将来禿たら二人のせいにしようと心の隅に留めておく。

「おっちゃーん」
 呼び掛けに「おう」と豪快な笑みを見せるのは、薄い色をした金髪の四十位の男だ。
「また、派手にやられてたな」
 そう言って闊達に笑う。
「だってさ、初っ端から卑怯なんだもん」
「何がだ?」
「一対一じゃねぇんだもん。一騎打ちなら負けねぇよ」
 多分と小声で付け足す。それに対して
「何、生意気言ってやがる。機体性能で勝ってんだから勝って当たり前。負けりゃ大恥だ」
「うっ・・・・・・」
「それをあんな下らねぇ判断ミスで負けちまいやがって。いくら元が素人だからって、そろそろ特訓の成果を見せて見ろ」
 そうなのだ。あのシミュレーターで未だに一面もクリア出来ていない。
 シュウの言から相当鬼畜仕様だと分かるが、それでも悔しかったりする。ああいうゲームは割と得意な方だけに尚更。
 こちらの表情を読み取ったのかおっちゃんは溜息交じりに
「初日にも言ったがな? もちっと真面目にやれや」
 心外だとばかりに反論する。
「やってるよ!!」
「悪いがな、タスク。お前の戦い方には命が掛かってないんだよ」
 当たり前だろうと。何の為のシミュレーターか。そう思うが黙って続きの言葉を待つ。
 喧嘩別れは簡単だ。不貞腐れてここから立ち去ればいい。
 だがそれでは強くなれない。そして強くなりたいと思う程度には本気だし真面目にやっているつもりだ。
 だが教師役のおっちゃんは真面目にやっていないと言う。これ如何に。
「ゲーム感覚でやるなとは言わん。だが実戦であんな戦い方をお前はするのか?」
 問われ考える。だが答えは出ない。ロボットでの実戦の経験など無いのだ。答えられる訳がない。
 自分の肉体での実戦(と呼べるかは微妙なラインだが)ならある。
 ならばと、それに基づいた予測を立てるが、自分の肉体は鋼で覆われてもいないし、背中に加速器も付いてはいない。さらに言うなら火器の使用も想定していない。重力制御など言わずもがなだ。
「・・・・・・」
 だから、あんな戦い方を、と言われても正直戸惑う。
 おっちゃんは一つ大きな溜息を吐いて
「機体ありきの戦い方じゃなくて、機体を自分の肉体の延長線上だと思え。装甲も加速器もオマケみたいなもんだと割り切れ」
「・・・・・・どーいうこと?」
 つまりと前置きをしてから
「例えば、生身で銃を持った敵と戦うなら、撃たれた弾は避けるだろ?」
 銃で撃たれたことは無いけどと、前置きをした上で反論する。
「力場の防御力が上がって被ダメが0に出来るなら、無理して避ける必要は無いって。それよりも突破力を高めて、瞬殺、確殺した方が効率良いってシュウに教えられたんだけど・・・・・・」
 今度は呆れたように溜息。
「装甲や防御力場があるからってダメージ0でも、同じように避けろ」
 それでも当たっちまうのはしょうがないと。
「いかに効率よく力場を運用するかが大切なのに、当たっても直接のダメージが無いからって防御力場と装甲に頼り過ぎなんだよ」
 そう言って一息入れてから、今の戦い方はミスっても後で挽回が出来ると思ってるだろ? と畳み掛けられる。
 図星なので黙っていると
「今度からシュウのアドバイスは話半分に聞いとけ」
 声音に不穏な空気を感じ取り腰が引ける。
「な、なんで?」
「シュウの言うような戦い方は一般人には出来ないからだ」
 ここで言う一般人が、言葉通りの意味でない事は理解できた。
「言い方が悪いから好きじゃないが、本人たちが自称してるからそのまま使うが『化け物』じゃないとそういう戦い方は無理だ」
 力場の総容量、練成速度、瞬時放出量、収束率の自在さ、他にも(エトセトラ)。そう言ったモノを高次元で組み合わせることに成功した人間。
 天賦の才と弛まぬ努力。
 その両を以てしても届かぬ遥かな高み。
 ヒトの身では踏み入ってはなるぬ禁域。
 深淵の極意。
 孤高の境地。
 そこへ分け入った者は過ぎた力で畏敬を集め、迫害を呼ぶ。

 根幹となる基礎は同じ人間だからアドバイスは出来る。そのアドバイスがややエキセントリックであったとしても。
 だがその応用力には開きがあり過ぎる。
 彼らが一の呼吸で出来るものが、自分達では三が要る。
 彼らが三の呼吸で出来るものが、自分達では二十要る。

 埋められない。

 どうすればそこに至れるのか。
 答えは既に知っている。
 持っているもの全てを失えばいい。
 捨てる、のではなく、失うのだ。それも救いの無い形で。
 全てを失ったその先でしか、ソレは手に入らない。
 絶望と諦観の狭間で。
 深い憎しみを抱き。
 世界の理を捻じ曲げ、捻じ切る。
 そうまでして強くなる必要が。

―――何処にある?



 ◇ ◆ ◇ ◆

 その後、軽くアドバイスと雑談をして少年は去って行った。
 その背は明らかに気落ちしていた。
 当然、雑談中も心此処に在らずで無理して笑っているのが見え見えだった。
「年相応ってのは可愛いもんだね」
 紫煙を燻らせながら、背後の存在へと声を掛ける。
「―――」
 横に立った少年は半眼をこちらへ向けて
「火気厳禁」
「固い事言うなよ」
 言って最後に大きく吸い込み、吐いて、携帯灰皿に吸殻を入れる。
「・・・・・・良かったのか?」
「何が?」
「タスクに伝えて」
 問いに一瞬の間を置いて
「どうだろうな」
 その声から感情は読み取れない。少なくとも後悔はしていないようだった。
 もっともタスクに伝えろと指示を寄越したのは本人なのだから、その位は覚悟の上だろう。
「下手すりゃ目標を見失って潰れるぞ。若い芽が蹂躙されてるのを見るのは心が痛むぜ」
「嘘臭ぇ・・・・・・」
 中々に心外な言だ。おっさんには若者特有の覇気が少々眩しく映るというのに。
 だが隣に立つ彼は、消えてしまった少年の背中を見送るように
「仮に潰れたとしても、若いんだから別の目標を見つけていくさ」
 そうだなと気の無い返事を返す。内心で、お前が言うと説得力無さ過ぎだがなと皮肉る。

 その姿に圧倒された。
 相対したこともあれば、その背を任されたこともある。
 その一コマだけ。色褪せることなく、鮮烈な記憶となって脳に焼き付いている。そして
「―――」

 当事者にとっては長い戦いだった。
 だがどんなに長く苦しい戦いも、未来の歴史書には数行で記されて終わるだろう。
 それでも世界を廻しているという感覚。歴史を刻んでいるという実感。
 あの高揚感は筆舌に尽くし難い。
 そしてそれを可能にしたのは、まだ若い、少年とも青年とも言える一人の若者だった。

 見下ろす形で横を見ると、怪訝そうな顔で見返してくる。

 その彼は全てを失った時に力を得て、生涯叶わぬであろう目標に向かって邁進した。
 途中、何度も潰れるだろうと、そう思った。
 所詮は浅く青い考えだ。世界を知らない者の。
 真実を知った時、きっと折れてしまうだろうと。
 だがその度に、こちらの期待を裏切ってくれた。
 あの時に生まれた信頼は、今も着実に皆の中に根付いている。
 それと同時に不屈の精神に畏怖した。
 常人とは明らかに違うその視線の先に、隔絶された未来を垣間見た。
 それでもその若者に頼るしかなかった大人(じぶん)を恥じた。

 感傷で溺れそうになっていた意識を引き上げ、息を吐く。
「年って取りたくないなー」
「?」
 独り言だと手を振ってみせる。
 今心配すべきはタスクのことだろう。
 そう思い口を開きかけた所で見たのは、先程と同じ落ち着いた笑みの横顔だった。
 これからの成長を楽しみに待つ、そんな横顔だ。
 挫けることも潰れることも。それさえも乗り越えていけるだろうと信じているようで。
(ああ、だといいな・・・・・・)
 その信頼が揺らぐことの無いよう。
 彼の期待が裏切られないことを小さく祈る。
「さてと今度はレージ君の部下の特訓を張り切りますかね」
 言って生き生きとした顔を見せる。
 げんなりとした声で
「頼むから無駄にサディスティックな訓練内容を見直してくれ」
 何の冗談をと前置いて
「まだまだ序の口ですヨ?」
「・・・・・・」
 部下の成長を願う身としては止めるべきではないんだろうなと思う。そして
(スマン。コイツに訓練を依頼した俺の判断ミスだ)
 心の中で部下に詫びる。
「今日はどんな訓練にしようかな〜」
 とても楽しそうだ。
 ある意味、充実しているのだろうなと思う。
 そんな日々を過ごしていることは多分、倖せなのだろうと。
 見えない空を仰いだ。



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