EX3-17

 当たれば右側頭部が強烈な痛みに見舞われるだろう蹴りを特に意識もせず眺める。
 素人では難しい、体の軸線をぶらさない綺麗な蹴りだ。
 恐らくなんらかの体術を修めている。
 だがそのスピードは雪、桜に遠く及ばず、ヒロスケ、タスクと同等かそれ以下で。
 こうやって冷静に観察できる程度のスピードでしかない。
 故に
「よっ」
 右二指で止める。
 指一本でも十分なのだがチキン体質の為、念には念を入れて二本で防御。
 これで防御力は通常の二倍だ!! フハハハ!!
(・・・・・・違うか)
 自分の思考にセルフでボケとツッコミを入れる。
 その間、顔は横に向けて相手を視界から外す。
「余裕のつもり!?」
 左足を引き、勢いを消さぬまま右ハイキック。
 今度は防御と同時に左手で右足を掴み取る。
「くっ!?」
 振りほどこうと少女はもがくが、流石に三撃目は遠慮願いたいので痛めない程度で握る手に力を込める。
「このっ!!」
 右足を取られたままの姿勢から再度、左足の蹴りが腹部狙いで来る。
(あちゃー・・・・・・)
 残念無念また来週。言ってる意味がワケワカメ。
 片足立ちの状態から軸足で蹴りを放つと体は宙に浮くわけで。
 勿論、それで相手にダメージを入れることが出来るならそれは悪手とはなり得ない。しかし

 右足は掴んだまま、体だけを半歩ずらす。
 不安定な姿勢での蹴りは狙いも甘く当然の如く空振った。
「ひゃぁ!?」
 頭部狙いを二度も繰り返した人物とは思えない、可愛い悲鳴。
 体は重力に従って落下する。
 背中は打つだろうが、ちょっと痛いで済むレベル。
 自業自得とも思うが
「ったく」
 掴んだままの右足を上に向かって引っ張るように投げる。
 そうすることで落下のスピードが相殺され、更に一瞬ゼロとなる。
 その間に二歩の距離を一歩で踏み込み、地面と少女の間に体を割り込ませ背中からキャッチ。
「―――にゃ、にゃぁ?」
 恐る恐ると言った感じで腕の中の少女は薄目を開ける。
 つーか、なんだその猫みたいな声真似は?
 先程の一連の動作で帽子は地面に落ちていた。
(ヒトには余裕かーとか怒鳴っといて、自分だって目閉じてんじゃん・・・・・・)
 憮然とした表情で少女を地面に立たせる。
 多少、髪を乱してしまったが背中を打つよりはマシなはずと割り切ることにしよう。
「もー少し、後先考えましょうよ」
 言うと少女はコクコクと肯く。
「もしかして今、私、助けられた?」
「自爆しただけでしょ?」
「ふ、不覚」
 項垂れる様子にヤレヤレと息を吐く。
 言った方が良いのか、言わないでいた方が良いのか。
 考えあぐねいて、結局口を開く。
「あのさぁ・・・・・・」
「?」
 どうしても歯切れが悪くなる。
 内容が内容だけに素面では言い難い。
 その一方で、言っておかなければならないだろうとも思う。
 言わない方が正解なのかもしれないが、卑怯者と罵られるのも負い目を持つのも真っ平だ。
「次の式から導き出される答えを述べ―――なくていいから今後、気を付けてください」
「へ?」
「『スカート+ハイキック=視線を外す』」
「え? 何? どういう事?」
 意味が解らぬ様子で頭の上に疑問符が浮かぶ。
「いいからとりあえず考えてくれ」
 語調が荒れるのを自覚しながら、もの凄く間抜けな構図に頭が痛くなる。
「え、えーっと・・・・・・」
 言葉に促される形で少女は思考を始め
「っ!?」
 朱に染まった顔で慌ててスカートを手で押さえるが今更やってもなんの意味も無い、が精神衛生上必要なのだろうと適当に解釈する。
 どうやら答えにたどり着いてくれたようだ。
 本当に間抜けな構図だと苦々しく思う。
「今後の行動に気を配ると残念がります―――主に世間一般の男子が」
 あ、あとと言葉を付け足す。
「不可抗力とは言え、正直済まんかった」
 反省はしているし、後悔もしている。
 それが何に対してなのかは深く考えないことにする。
 少なくとも間の悪さを自覚する程度には相手に対して失礼だ。
 再びわなわなと震えだした少女は大声で
「エッチ!! 変態!! 強姦魔(レイパー)!!」
 うわー、ひでー言われようですよ、自分? あとレイパーじゃなくて正しくはレイピストね?
 つーか、他人から罵詈雑言を浴びせられるのは慣れっこですけど、強姦魔言われたのは初めてですよ? 地味に凹みますね?
(つまりこれが初体験☆)
 無理矢理テンション上げて自覚したら、余計に鬱になった。
(もう、嫌・・・・・・)
 生涯を隠棲して終わりたい。
(何が悲しいって、行動の大半が裏目にでるのが嫌だ)
 こっちだって恥を忍んでの忠告だったのに。
「だれかー、助けてー!!」
 本当に誰かに聞かれたら、高確率で青い服を着た人のお世話になること請け合いの台詞だ。
 幸いこんな時間に公園をうろついている人はおらず、その点でだけ言えば安心していい。
 念のため力場検索(フィールド・サーチ)を行い、付近に人が居ないことを確認する。
 こういう所で運を使っているのなら本当に人生侘びしい。
「もう、帰ります・・・・・・」
 撫肩で背を向ける。
 早くお家に帰りたい。そして嫌な事は忘れてさっさと寝てしまおう。
「待ちなさい」
 凄みを利かせての言葉に渋々振り返る。
「こっちだって恥ずかしいんだから、ちょっとは慌ててみるとかノってよね」
 駄目出しされた。
 なんだかなぁと頭を掻き、落ちていた帽子に目が付いた。
 拾って汚れを払い、差し出す。
「以後、気を付けます」
「ウム、苦しゅうない」
 そう言って笑う顔はまだ少し赤い。
 どうしたもんかなと戸惑う心に、最初の話題を振ってみる。
「んで、なんであんな所で痴話喧嘩?」
「その話題引っ張るわね。そんなに聞きたいの? 後あのヒトはそう言うんじゃないから、変な気回さないでいいからね?」
「回さないから、起こしてもいい?」
「また叫ばれたいのならご自由に」
「いいえ、結構です」
 丁寧にお辞儀をして辞退する。
 こっちとしては帰る機会を逸してしまったので質問をしただけで殊更聞きたい訳でもない。
 そして本当に嫌なら話さないだろうし、少しでも話す気があるのなら勝手に喋るだろうと、そんな思惑からだ。
 んーと考える仕草をしてから
「佐藤君は将来の夢ってある?」
「―――」
 あると言いたかった言葉に、だがその言葉には明確な形が無い。曖昧模糊で漠然としている。
 適当に。成るように成るだろうと、そんな未熟な考えでしかない。だから
「・・・・・・ヒトに語るほどのモノはないかな」
 それを寂しいと思わないのは若すぎるという年齢的なものと、事勿れ主義な性格からだろうか。
 もう少し付け加えるなら明日の飯に困らない程度の一芸は持っているという自負が―――無いわけでは無い。
 ただそれを積極的に肯定するのは躊躇われる。
「本当に?」
 腰を曲げて上目使いで覗き込んでくるその表情は真剣だ。
 考え、嘘の無い事を三度自問自答し頷く。それに続く言葉は
「夢ってのとは違うけど、日々の忙しさに文句言いつつ平穏に暮らせれば満足かな? 今は物騒な事やってるしね」
 それが―――普通とは違った意味で―――叶わないだろうという思いが、心の奥にへばり付いている。
 叶えれば現実へ帰るモノ。いつか覚めるモノ。
 そう言うモノを自分は夢と定義している。
(夢ないなぁ)
 もうちょっとこう若人らしく、自身の将来に展望を抱けないものか。
 内心で呆れるように笑う。
 歪んでいると、そう思う。そしてそれを正そうと思う気さえ起きない自分は。
 何かを叶えることは、きっと出来ないだろう。

 内に沈み込んでいた意識を外に向ければ、少女の背が見える。
 今夜は随分と物思いに耽ることが多い。何がそうさせるのか。反省せねば。
「私は―――」
 彼女は夜空を抱く様に両手を広げ、くるりと回る。
「成りたい職業(モノ)があるの」
 聞いてみたい? と続く彼女の言葉に無言で以て先を促す。
 すると彼女は息を吸い、吐いて
「私は歌手になりたいの」
 照れたように笑い、言っちゃったと舌を出す。
 目を丸くしているこちらの表情を読んで
「あ、感想はいらない。聞こえないです。あー、あー」
 耳を手で塞いで音を遮断。
 否定の言葉を予測して、拒否する様を見て笑みが零れる。
 随分とその仕草が子供っぽい。
 そう言えば歳を聞いていなかったなと今更に思う。
 まぁ、互いに今夜限りの逢瀬だろう。
 そう思えば気楽で気軽だ。
 非礼を詫びることも、敬意を送ることも。作らずに終わっていける。
 だから―――
「叶うといいね、貴女の夢が」
 叶えれば覚めるモノでなく、
「現実に在り続ける理想となるように」
 終わらない夢として。
 叶い続け、そして追い続けるものを理想と自分は定義している。

 青いその夢を。嗤われることを覚悟した上で、なお目指すのなら。
 無責任な応援でも許して貰えるだろうか。
 自分には無いもの持っている。
 それを眩しいと感じる思いさえ、薄っぺらなものだ。
 そして嫉みすら覚えない自分は。
 多分、未来を諦めている。
 積極的に諦めたい訳では無い。足掻けるところはそれこそ足掻くつもりだ。
 けれど同年代の者達の思う未来と、自分が想う未来には大きな隔たりがある。
 でも、だからこそ。

 叶えばいい、と。

 耳を塞いだ格好のまま、少女は目を瞬かせる。
「い、今何て言ったの?」
「秘密」
 にっこり。
 誰が教えてやるものか、あんな恥ずかしい科白。
 恐らく予見していた言葉と唇の動きが違ったが為に読唇に失敗したのだろう。

 遠く人を探す声が聞こえる。タイムアップだ。
「保護者? が来たみたいだよ?」
 眉根を寄せこちらを睨んでくるが無視。
「お互い少しは頭冷やせたでしょ?」
 それにと言葉を続ける。
「芙蓉さんのことを探しに来る程度には心配してるんだから、少しは大切にしてあげないとね」
 それじゃ、と言いたいことだけ言って背を向ける。
「あ、ちょっと!?」
 静止の声を聞いた時には既に走り出している。
 足を止める代わりに手を振ることで応答とし、振り返ることなく家路につく。
 足取りは軽く、澄んだ空気につられて空を見上げる。
「星に願いを、か」



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