EX3-33

 学校からの帰り道、やや疲れた顔のヒロスケと、魂が半分抜けかけのタスクと連れだって歩く。
 年の瀬が近いこの時期。去年までならもうすぐ始まる冬休みの話題と課題の多さに花を咲かせていただろう。
 だが中学生活最後の冬は、これからの進路に向けてそれに見合った勉学に勤しむべきであり、事実二人の疲労はそれが原因だ。
 ただその内容は全くの別ベクトルだったが。

「んでヒロスケよ、タスクの調子はどーよ?」
「ん? あー、色々厳しい」
 そう言って肩を落とすヒロスケに
「だろうね」
 予想通りの回答にタスクの様子を見る。
 目は虚ろで、背筋は曲がり、半自動で足が動いている。時折、ぶつぶつと暗記系科目の単語が聞こえてくるのがちょっと不気味だ。
 精も根も尽き果てたという体での帰り道は本日で四日目に突入している。
 見合うだけの勉強の結果がこれだ。これまで真面目に勉強してこなかったツケだとも言える。
 脳筋ではないにしてもアホの子であるという認識のタスクは学業という分野において、残念ながらその適正が極めて低いと言わざるを得ない。その最たる理由として長時間椅子に座っておくことに対し苦痛を感じる人種だからだ。
 頭が悪い訳ではない(と思う)のだが、いかんせん今までの積み重ねが無さ過ぎる。
 嫌いだから勉強しない。勉強しないから点数は上がらない。上がらないから嫌いになる。
 そこからの矯正をこの時期にやっている段階で将来の展望はかなり厳しい。

「やっぱ、志望校のランクを下げるか?」
 溜息交じりの提案に対し
「止めとけ」
 ぶっきら棒な言葉に対し鋭い視線が返ってくる。
「俺は兎も角、ヒロスケはちゃんと将来設計を立てた上での選択だろう?」
 本当はタスクに構わず勉強すれば、もっと上のランクを目指せるくらいの学力は優に持っている。と言うより落とせるランクギリギリまでランク落としているのだ、この男は。
 別の見方をすれば嫌味にも映るが、本人がそれを決めたことなので過度の干渉は控えている。
 今頃、ヒロスケが受けると噂されている上の学校を目指して、女子が物凄い勢いで勉強しているらしい。南無三。
 蓋を開けてビックリ。将来、刺されないといいけどと、的外れな感想を抱く。

 家庭の事情から将来の目標を立てているヒロスケは、だったら最高のパフォーマンスを得られる所に行くべきだと思うのだが、タスクを見捨てる気は無いらしい。
 拘りも無く適当にどっか進学できればいいやの俺と、できればヒロスケか俺と一緒の所に行きたいタスク。
 足引っ張ってるよなぁと思うのだ。後、将来的にこの選択に後悔しても責任取らねぇぞと。
 だったらヒロスケだけ別の良い所の学校に進学して、俺とタスクは身の丈に合った場所に行けばいいという話を何度もして、結局ループしている。
 ヒロスケも俺たちとつるんで居たいらしい。
 物好きなと呆れるべきなのか、その漢気を称賛すべきなのか。
 それぞれの折衷案の結果、ヒロスケは志望校のランクを落とす。タスクは頑張ってランクを上げる。俺はまぁ流れに身を任せる感じで。
 あえて茨の道を行くのは、どうなんだろう。それでも甘やかすだけの道を取るよりは賛成だ。

 ヒロスケが横で大きく息を吐く。
「まぁとにかくタスクの勉強方面は俺がなんとかする」
「おう、頑張れ。応援してる」
「ちったぁ手伝え」
「気が向いたらな」
 何か言いたそうな視線に気付かないふりをして歩く。
「ああ、それでさ、例の件なんだけど」
「―――アレか」
「うん、そうアレ。タスクもいい加減限界っぽいし、ここらで気分転換も必要だと思う訳ですよ」
 精気の抜けたタスクを見て頷く。
「まぁ、それは確かに」
 ヒロスケの言う通り一石二鳥だとは思うのだが、余り気が進まない。
「なら良いだろ? 俺とタスク二人分の『借り』を返すと思えば」
「うーん・・・・・・」

 一ヵ月半ほど前、追手と対峙する為に二人の力を『借り』た。
 なんとか凌ぐことには成功したが、まぁ色々ヤバかった。
 それこそ借りれなければ、帰りたくも無い地元に強制連行されるところだった。

 明確な基準の無い、なんとなくの緩い繋がりだ。友情とか絆などという御大層なものがあるわけでなく、それでいて付き合いはもう六年近い。改めてその関係の適当さを不思議に思う。
 だから、だろうか。貸し借りを意識してまで付き合う事はほとんど無い。
 それが今回、本来であれば絶対に助力を拒む事案に付き合わせたのは完全に自分の落ち度なわけで。
 それ故の『借り』であり、そしてその詳細な理由を二人には話していない。
 俺ってば虫のいいやつだなぁと思う気持ちと、それが『貸し』に余分な利子をつける結果になっている事に半分以上気付いている。
 それでも話してしまう事に躊躇いがあるのは、二人に対する気遣いよりも知られてしまう自分が臆病だからだろう。



 ◇ ◆ ◇ ◆

「しゃーねーなぁ」
 渋々といった形で友人は了承する。
 まぁ今回は珍しく折れるだろうと予測をしてはいたが。

 嫌いな事は梃子でも動かない、そんなある意味で我儘な友人の横顔を盗み見て笑う。
「なんだよ?」
「いや別に」
 微妙に優越感。
 歪んでるなぁと思いはする。けれど普段、喜楽の感情を表に出さない友人だからこそ、それ表に出すのは自分の役割な気がしている。

(律儀と言うか義理堅いと言うか・・・・・・)
 別に我儘な訳では無く。
 何と言うか。
 そう、面白い。
 最近気付いた感情はそれだ。
 あまりにそれが日常過ぎて感覚が麻痺していたんだと今更に思う。

 進学先を迷っていた自分に、『俺たちのことは気にせず好きな所に行け』と。
 そんな風に背中を押してくれた友人は。きっと何も考えてはいない。
 それが当たり前だから。それが当然だから。だから前に進めと。
 そんな友人の言葉から、この二人の居ない高校生活を考えたとき『無いな』と思った。
 居なければ居ないでそれなりにやっていけるだろうと、そんな気はする。相対的に見て人当たりは良い方だし、困ることも多分無いだろう。
 でも、だからこそ、二人が居た方が絶対面白い。
 最終的には自分の理想(と言うほど大層な物でもないけど)を叶えるつもりでいるし、その為の努力は惜しまないつもりだ。
 一昔前の自分なら、付き合いも長いくせに冷たい奴だと不貞腐れたかもしれない。
 でも今は違う。

 信じれるものがある。

 何がその契機だったのか。それさえもよく分かっていない。
 でもそれだけでこんなにも心持が変わるものかと不思議な気持ちになる。

「あー、面倒臭ぇなぁ・・・・・・」
 往生際が悪い友人。
「そんなに嫌か?」
「嫌っつーか・・・・・・」
「か?」
 んー、と唸り言葉を探し出す。
「結局の所さ、見世物じゃん?」
「うん、まぁ」
 その理由の如何に問わず見物人が居る時点で見世物ではある。
「それがなんかなー、納得いかねー」

 時偶に意味不明な事を宣う。
 いや、意味は理解できるのだが言動と行動の不一致に戸惑う。
 心情としては『お前がそれを言うか!?』である。
 支離滅裂とまでは言わないが、思考プロセスが謎な時がある。
 目立ちたくないというスタンスを元に、目立ってしまったならしょうがない的な。
 目立たない為に多大な労力を掛けるくらいなら目立つのも止む無し。でも出来れば目立ちたくない。―――何がしたいんだ、コイツ?

「ああ、そうか!!」
 急に納得し、邪悪な笑みを浮かべ始める。
 打って変ったかのような雰囲気に嫌な予感が漂う。
「奇をてらう必要は無いからな?」
「いやいや、折角出場するんだったら参加者の一人として盛り上げないと」
 残念ながら提案は却下されました。
「あのな?」
 念を押すために一息入れて
「あくまでもタスクの内申点稼ぎが目的だからな?」
「当然。じゃなきゃこんな面倒なもん参加しねぇよ」

 うわー、その無駄な素直さが不安を煽る。

「そっちこそ、勉強ばっかで体が鈍ってました、なんてこと言うんじゃねぇぞ」
「あー、はいはい。了解」

 不安は残るが指針はこれで決まった。

 相変わらず死んだ魚のような目で後ろを歩くタスクを見る。
 こいつもこいつで必死に頑張ってるんだよな、と。
 まぁ日頃やっとけという言は有るにせよ。

「じゃぁ明日にでも受け付け行って来る」
「ああ、いいよ。俺が行く。そんな暇が有ったらヒロスケはタスクの勉強見てやれ」
「参加申し込みの締め切りは明後日だから、忘れましたとかいうオチは無しだぞ? つーかシュウが勉強見てやれ」
「イヤ」
 嘆息。
「分かってるって。タスクの進学掛かってんだから」
 そういえばと前置いて
「大会はいつだっけ?」
 本当に任せて大丈夫なんだろうか。
「来週の日曜日だ」
 そこで冬季全国武術選手権大会、中学生の部 団体・地区予選が開催される。

 ―――うん、楽しみだ。



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