EX3-34

 今回で開催はうん十回を超え伝統と格式がなんとか。
 若い力はかんとか。
 互いに切磋琢磨し云々。
 昨今の若者のモラルの低下がどうたらこうたら。
 この大会に参加し己の研鑽をああだこうだ。

 これから頑張ろうという気を削ぐ為の策略なんじゃないかと思う程に長い話。
 内外に示す体裁が必要なことは理解しているが稀に見る酷さだった、と適当に記しておこう。多分、明後日には綺麗さっぱり忘れているから。

 だが最後に壇上に立った初老の男が声を荒げる訳でも無くただ一言、
「勝て」
 弛緩していた空気が一瞬で引き締まる。
「長い話にうんざりしている者も多いだろう。だから儂からは先の一言だけだ」
 それだけ言って壇上から下りていく。慌ててその後を追っていく司会の人。
「へぇー」
 珍しさと感嘆を込めた呟きは、開会式の終了を告げるアナウンスに掻き消された。

 そんなこんなで無事開催された冬季全国武術選手権大会、中学生の部 団体・地区予選。
 個人戦を春と秋に、団体戦を夏と冬に、それぞれ行う。
 ちなみに予選があるのは団体戦のみで個人戦は本選からとなる。
 春は昨年の実績から選抜され、秋は体育祭などの学校行事の結果を踏まえての推薦。
 となると自由に参加意思を表明できるのは団体戦のみで、そこで目立てば個人戦の道が拓ける。

 団体戦は一チーム最低三人、最大五人(登録は六人)で勝ち抜き戦を行い、先に大将を破ったチームが勝ち進んでいくトーナメント方式で上位三チームが本選出場権を得る。
 団体戦の見所は『勝ち抜き戦』ということで、誰をどの順番に並べるのかが重要になってくる。
 単純な腕力で勝敗の優劣が決する個人戦とは違い、団体戦は相手チームの戦力分析や心理戦などの頭脳戦が絡むのが常だ―――が勝ち抜き戦を採用している為、個人戦力からの不均衡感が付いて回る。
 それでも参加人数の多さは熱気となり、やはり人気も注目度も高い大会の一つに数えられる。

 余談になるが中学生の部は試合時間を含め制限を多く定めている。徒手空拳を絶対とし、試合中の神術の行使は禁止。待機時間中に使用可能なものも中位回復系(登録人数による回数制限有り)まで。
 また試合待機時間中の選手以外からのバックアップは禁止等がある。
 当然、小学生の部はさらに制限が厳しく、高校、大学、成人と制限が緩和されていく。
 大学や成人の部であれば、企業がイメージアップや広告の為、バックアップにも熱が入っていくし、試合の種類によっては大怪我前提で武器使用も許可される。

 チーム人数は多い方が有利だが、相手のチームよりも人数が少ない場合、試合結果が判定に縺れ込んだ場合など一部有利に働くよう調整されている。
 もっともその有利さを利用出来る機会は多くは無く、ほぼ全てのチームが最大の六名体勢で、少ない場合は基本、病気や怪我(大会中の怪我を含む)での欠員がほとんどとなる。つまりあくまでもそういうルールが規定されている、という程度。
 そんな試合会場に最低人数での参加を表明したのは自分達のチームだけだったりする。

「あー、やっぱどこのチームも数揃えてるよなぁ」
 大会パンフレットの出場チーム一覧を見ながらヒロスケが呟く。
「まぁ、当然だろ」
 勝ち抜き戦である以上、連戦に備えて体力の消耗を抑えなくてはならない。そうなれば数が多い方が有利に働く場面は当然多い。
 その隣ではタスクが運営から支給されたグローブとヘッドギアの感触を確かめている。
 指貫のグローブは支給品で、道着とヘッドギアも合わせて人体保護の観点から着用はルール上必須。
 陣が織り込まれており、一定以上のダメージが通らない様に配慮されているらしい。
(運営のヒトも大変だなぁ)
 それが的外れな感想かどうかはともかく。

「よし、作戦練るぞ」
 告げた言葉にヒロスケとタスクが驚いたような目を向ける。
「それはオーダーの順とかそういう奴?」
「まぁ、それもある。―――二人ならどんなオーダー考える?」
「俺だったら、一人目シュウで、次が俺、最後がヒロスケ!!」
「ほう、その心は?」
「? シュウ一人で全勝?」
 デコピン。
「痛ってー」
 額を押さえつつ涙目で蹲る。
「アホたれ。それじゃ大会に出た意味が無ぇだろ」
 目立つなら個人戦で優秀な成績を修めるか、悪目立ちするならそれこそタスクの言った方法も有りと言えば有りだ。
 だが今回のそもそもの目的はタスクの内申点稼ぎと、あわよくば高校からのスカウトのお眼鏡に適う事だ。タスクが良い意味で目立たなければ意味が無い。よって
「その案は却下」
 ヒロスケは? という意味を込めて視線を投げる。
「それだったら順当に考えて先鋒俺、中堅タスク、大将シュウか?」
 流石ヒロスケ、正攻法のオーダーだ。
 もう少し加えるなら別にヒロスケ<タスクが力関係では無く、その実力は拮抗している。
 単純にスタミナの量と回復、かつ力関係を考慮した形をとろうとすれば自然とそうなる。
 ヒロスケの消耗が目に見えて大きいようなら、試合毎に順番を入れ替えるのもいい。
 だがそんな正攻法ではつまらない。どうせ参加するのなら面白おかしく賑やかすのが参加者の務めだろう。

「春の大会でダンとシンがやった方法知ってるか?」
「「・・・・・・」」
 問いに二人の沈黙が重なる。その表情は微妙に頬が引きつっているように見えなくも無い。
「いやー、シュウ? それはいくらなんでも無謀じゃないか?」
 復帰の早かったヒロスケの声にタスクも無言でガクガクと肯く。
「何故?」
「いやだってさ? あいつらマジ規格外だぜ? 一年の頃から全国大会入賞で―――」
「だったらどうした?」
 続く言葉を重ねる様にして遮る。
「少なくとも俺はお前等をそんなに温く育てたつもりは無い」
「―――」
「それに俺はあの二人よりよっぽど強いぞ」
 傲慢と獰猛を混ぜ合わせた不敵な笑みにヒロスケは何かに気付き、タスクも表情を改める。

 肩を並べ、超えていくと言ったその言葉。

 それを誓いとして刻み込むのか、約束として守り続けるのか、戯言として忘れていくのか。その判断は当人に委ねる。強制はしない。したところで意味が無い。
 だがその言葉を。
 現実のモノとするのなら、尻込みしている暇は無い。
 ヒトの一生は長いようで短い。いつまで現役でいられるのかも定かではない。
 勝ち目の無い戦いで、それでも勝ちを拾おうとするのなら。
 愚行や蛮勇を避けて通ることなど出来はしまい。
 そしてその境界を踏み越え、先に進む者だけが挑戦者たる資格を得る。
 簡単に越えられる壁でいてやるつもりはない。近付けば近付いただけ、それ以上に高く在り続けるのが先駆者たる者の役割だ。

「もう少し自信を持てよ。負けられない状況で、勝ちたいという意思をぶつけ合う事がどういうことか。―――それを確かめてこい」
 それぞれが首肯するのを見る。
「慢心せずに手堅く、だけど楽しんでいこうぜ」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 現在、三回戦の大将戦。
 肩で息をするヒロスケが、同じく肩で息をする相手の大将と戦っている。
 普通に戦えば十中八九ヒロスケの圧勝だが、連戦による疲れと手の内がバレてしまっている状態での戦いは厳しいものがある。
 それでも
「破ッ!!」
 間合いの外からの遠当て。弾かれる、がそれを見越しての高速接近。中空からの多段蹴り、着地しての掌底が相手の胸に極まり場外へ吹っ飛ばす。
「それまで!!」
 審判のコールに残身を解き、大きく息を吐く。開始線まで戻り、お互いに礼。
 黄色い歓声が観客席から上がる。もとから居たであろうヒロスケのファンと会場でのにわかファン。こんな短時間でファンを作るとは恐るべし、ヒロスケ。

「キャー、ヒロスケ君、素敵ぃー」
 疲労の色が見て取れるヒロスケに戻ってくると同時に冷やかしを送る。心底嫌そうな表情が返って来た。
 まぁ、男の声で言われても嬉しくは無いだろう。
「ナイスファイト、ヒロスケ」
 タスクは素直に健闘を称え、拳を合わる。それからヒロスケは崩れる様にパイプ椅子に腰掛け
「きっつー」
 短時間で息は整えているが、疲労は消えない。
「あー、マジしんどい」
「修業が足りんな」
「うるへー」
 あー、くそと不恰好な姿勢のまま、目を閉じて唸っている。
 セルフ反省会中のようなので、邪魔しない様に放置しておこう。

「さて次の試合はタスクの番だがどうする?」
「ん? んー」
 しばし黙考。
「頑張る!!」
「バカも大概にしとけな?」
「だだだ、だってよぅ・・・・・・」
 見事に吃後な相手に対し、なんだかなぁと軽く溜息を吐く。
「次に勝ち上がってくる可能性のあるチームのデータは目を通したんだろ?」
「おう」
「じゃぁ、なんか感想は?」
「・・・・・・つ、つをそう?」
「―――」
 二人の為に労力を割いてわざわざ試合を見て情報収集したというに。
「だ、だって、しょーがないじゃんか? あれこれ考えたって結局、勝ち上がってきたチームと戦って勝つしかないんだろ?」
 なるほどと思う。実にタスクらしい。バカだけど。
「じゃぁ、どっちが勝ち上がってくると思う?」
「・・・・・・こっち、かなぁ?」
 そう言ってトーナメント表のチーム名を指差す。
「―――理由は?」
「ごめんなさい、勘です」
 怒られる前に先に謝るとは。小賢しい知恵を付けおって。
 ただその勘が
(鋭い、と言っていいんだろうなぁ)
 タスクが指差したチームは、恐らく勝ち上がってくるだろうと自分が予測したチームと一致している。
 それを情報として処理するのではなく勘で決めている事を、褒めるべきなのか貶すべきなのか。
 長所は伸ばしてやりたいと思う一方で、それに頼りきった判断は危険だ、とも思う。
(角を矯めて牛を殺すのは本末転倒だし・・・・・・)
 悩ましいね、とどこか他人事のような感想を舌の上で転がす。
 そういう意味でヒロスケはバランスが良く、タスクはトリッキーで
(もっと言うなら俺の好みが反映されてるもんなぁ)

 どんな状況下であっても即応可能な戦力。
 己の手札を正確に把握し、相手の隙、油断、慢心、恐れに付け込む。
 戦場全体を俯瞰し、駒でありながら戦術以上の戦略を構築する。
 欠点無く全てのバランスを高次に保ち、かつ特性とも特色ともいえる能を持つ。

 ―――どう考えても求め過ぎだ。
 基本的に特化した戦力の方が運用は容易い。役割が固定されている方が迷いは少なく、下手に引出が多くなれば選択を迷う。
 常に最適解を一瞬で出し続けるには高い集中力が必要で、戦闘が長引けば当然判断は遅れる。
 それでも、それを求めてしまうのは数で劣る戦いを強いられた故の答えだ。
 撤退不可避でなおかつ数で負けているのなら奇策を取るか、個の質を高めるかのほぼ二択。
 奇策が奇策として通用するのは精々三回が限度だ。
 そして数の力は毎回の奇策を許さない。極論、奇策に対応できるだけの遊軍を配置しておけば潰せるのだから。無論コストパフォーマンスは最悪となるが。
 結果、個に対してハイスペックな要求をせざるを得ない。

 しかしこの世界において果たしてそれは必要だろうか?
「んー」
 自問するまでも無く答えは最初から出ている。
 すでに一般的な視点から見れば十分な力を二人は持っている。経験が無いので不安はあるが森の中に入ってもそこそこはやっていけるだろう。
 将来どんな職に就くのかは分からないが、妖物退治なんて命を危険に晒すような事を仕事にするのは最後の手段でいいだろう。
 それでも『ならば』と思考が傾かないあたり自分の頭は相当硬い。
 柔軟性に難有りだ。
 他人に高スペックを求めながら、それは人としてどうよ? とも思わなくはないが
(成るように成るか)
 適当だなぁと思いはする。だがまぁ他人の成長を真剣に悩み抜くほど人間出来てはいない。

「タスク、宿題だ」
「うぇ?」
「なんでそのチームを選んだか、理由を付けて言葉で説明できるようにしろ」
「ちなみに、提出期限は?」
「七秒後」
「早ぇえよ!?」
「じゃぁ、明日な。―――とりあえず今日は試合に集中しろ」
「う、ういー」

 教師と生徒の関係ではないのだ。宿題を出すのも出さないのもタスクの自由だ。
 それを強要する義理も無いし、タスクにしたって義務は無い。
 この辺が『適当な関係』と思う所以だろう。

 スピーカーからアナウンスが流れる。
『以上を持ちまして三回戦を終了します。勝ち残ったチームは四回戦の準備をお願いします。なお四回戦は三十分後から開始予定です。第一から第四試合に出場されるチームの方は試合開始五分前には受付前に集合して下さい。繰り返し連絡します。―――』



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