SS-1 2月14日

(うーん、大量、大量)
 放課後の学校。
 ホクホク笑顔で大きな紙袋を抱えて屋上を目指す。
 階段を上る足取りが浮かれるのも、顔がにやけてしまうのもこの際大目に見て欲しい。
 なぜなら紙袋の中身が大量のチョコだからだ。タスクと比べても若干自分の方が多いだろう。
(ぬふふふ、シュウに自慢してやらねば)
 いや、もう、バレンタインにチョコが貰えたということも十分に嬉しいのだが、それに加えてシュウに勝てるという事実が喜ばしい。
(例えシュウから『良かったな』とか『だから?』とか冷めた目線を返されたとしても!!)
 滾る心の中で拳を握る。
 ではなぜこういう所で優越感に浸っておく必要があるのかと言えば
(シュウの奴。開けっ広げに本心を見せないから、付き合うのに疲れるんだよなぁ)
 表情は乏しく、言葉は少な目。さらに他人の事を気にしない。心の中で何を思っているのか窺い知れない。

 一々相手の本心を探りながら付き合うと言うのは非常に忍耐を要する。
 しかも相手はこっちの事はお見通しと言った感じなのに、こっちだけ相手の本心を探らなければならないのは凄く不公平だ。軽くコンプレックスを感じているのかもしれない。
(でも、ま。それだけじゃないしな)
 さっきとは違う種類の笑みが零れる。

 付き合いを止めて楽になれるのなら、それこそ止めればいい。友情を育む相手を一人に限定する必要は全く無い。
 それでも一緒に居るのは、それに見合う付加価値があるからだ。そしてそんな事を考える前に一緒に居る事が楽しい。
 欲を言えば、もうちょっと表情を豊かであってもらいたい。
(あ、あと、他人に対して優しさとか労りとか、そう言うモノを前面に押し出して欲しいかも。特に俺に対して)
 手加減しているのだろうが、それでも突っ込みが痛すぎるのは勘弁して欲しい。いや突っ込まれるような言動を慎めという尤もな意見もあるが。
 浮かれ気味のまま階段を上りきる。
 シュウは先に来ている筈だから鍵は開いているだろう。そのままドアノブを回し、屋上への扉を開く。
 開くときに錆びた鉄の音が響いた。その一瞬だけは校内の喧騒も、校庭の歓声も、全てが遠い。
 一歩踏み出す。
 そこには全てがオレンジ色に染まった世界が広がっていた。

 燃える世界。

 ここに来た目的を忘れ、しばし見入る。
 不意に感じた帰りたいと思う寂寞と独りで居たいと願う遣る瀬無さに、体の中心と指先が小さく疼く。
(俺はどっちを強く想っているんだろう?)
 孤独で在りたいと願う一方で、皆の中に居たいと望むその矛盾。その答えを、友人なら知っているだろうか?

 広くは無い屋上を見渡せば、友人は直ぐに見つかる。
 フェンス沿い、夕焼けをバックにぽつねんと佇んでいた。夕焼けによる錯覚だろうか。その後姿はあまりに寂しい。
 だから、あえて軽く声を掛ける。
「なーに黄昏てんだ?」
 呼びかけた相手はゆっくりと振り返り、確認するように呟く。
「ヒロスケか・・・・・・」
 笑って片手を上げてみせると、無表情で同じように片手を上げた。
 距離を詰めながら話しかける。
「タスクは?」
「休み時間に、貰ったチョコ食ってるのが教師にバレて説教受けてる」
「なんっつーか、アホだよな」
「俺もそう思う」
 隣に立ってフェンスに肘をつく。
「エンは?」
「知らネ」
 相変わらずの回答だなと小さく苦笑。
 けれど、その横顔がいつもに増して無表情。
(なんか考え込んでんなぁ)
 今来たばかりの自分には友人が何を考えているのかは分からない。だが何かを考えている事くらいは付き合いの長さで分かる。
 視線を顔から下げていくと両手に一つずつ小箱を握っていた。
 丁寧にラッピングされた水色と桜色の小箱。綺麗にリボンも巻かれている。
 まじまじと観察していると、視線に気付いたかのようにシュウはこっちに顔を向ける。
「それって・・・・・・」
「お察しの通り」
 そう言って力なく笑う。
 まぁ2月14日に手にしている小箱と言えば中身はチョコで間違いないだろう、うん。
 そしてコイツにチョコを渡す可能性のある人間は極少数で、『学校』と『二つ』が意味する所から予想した人物で間違いないと思う。
「―――綺麗にラッピングされてるな。義理かな?」
「どーだろ?」
 左手に持っていた水色の箱を制服の上着のポケットに押し込み、右手に持っていた桜色の小箱のラッピングを丁寧に解いていく。
「オイ!?」
「ん?」
 手を止めて不思議そうな顔を向けてくる。
「こんなトコで開けていいのか?」
「マズイのか?」
 心底分からんと顔に書いてある。
「部屋の隅でコソコソ開けるようなヤバイモンでも無いだろ?」
 言って包みを解くのを再開。
「いや、まぁそうだけど―――もうちょっと有り難味と言うかなんと言うか。少なくとも横にヤロウが居るのに開けるのは男としてどうよ?」
「俺は特に気にせんが? ヒロスケが気になるんならお前も開ければいいだろ?」
 シュウはこっちの紙袋を少し見て、ウンザリした口調で
「その紙袋の中身はもしかして全部チョコか?」
「へへん。羨ましいだろ?」
 勝ち誇った顔を見せると小さく鼻で笑われる。
「ハン、虫歯になればいいのに」
「発言が黒!?」
 予想の斜め上を行く回答に慄く。
「さ、流石にそれは酷過ぎねぇ?」
「そんなことないと思うヨ?」
 似非っぽい笑顔を向けてくるシュウを半眼で睨む。
「―――まぁそれは置いといて、髪の毛とか剃刀とか入ってないといいネ」
 と、また似非っぽい笑みを向けてくる。
 シュウの言葉を上手く理解するまでに数秒。
「イヤイヤイヤイヤ!! それは幾らなんでも在り得んだろ!?」
 そんな事がリアルで起こったら人間不信になる。
 必死の否定に反論せず、シュウは顔を正面に戻しまた包みを解く作業に戻る。だがその唇の片方が釣り上がって見えるのは気のせいでショウカ?
 包装紙は、これまた丁寧に折って上着のポケットに入れる。ゴミを散らかさないのは感心するが、何か再利用する当てでもあるんだろうか?

 中から出てきたのは―――まぁどう見てもチョコだった。綺麗に形作ってあるが市販品でない事は分かる。
 それをシュウは珍妙な物を見るような目つきで、分かりきった事を尋ねてくる。
「なぁこのチョコって本命だと思う? 義理だと思う?」
「はぁ? そんなの本命に決まって・・・・・・」
 いる、と言いかけて止める。
 シュウは複雑な表情でチョコを一口かじって咀嚼し、また複雑な顔でチョコを見る。
「・・・・・・苦いのか?」
「いや、甘い」
「甘いの苦手だったっけ?」
「割と好き」
 嫌いでもない甘いチョコを食べながら、苦そうな顔をする友人。その表情を見て濃い苦笑を漏らす。
「―――複雑だな」
「複雑だよ」
「じゃあ、単純だ」
「単純なんですよ」
「・・・・・・どっちだよ?」
「俺の方が聞きたいぜ」
 眉間に皺を寄せたままの顔で、もう一口かじる。

 本当に。相手からの気持ちを持て余しているんだろうなと微笑ましい気持ちと同時に、寂しさを覚える。
 きっとコイツは本命のチョコでさえ、情愛の延長としか見ようとしないだろう。愛情を根本的な所で疑うような奴だから。
(バカだな・・・・・・)
 恐れずに手を伸ばせば、ソレは届くところに用意さているのに。

「―――お礼はちゃんと言えよ」
「そのつもりだけどね。渡すなら例年通り家で渡して欲しかったなぁ」
 ぼやく様に言う。
「なんでさ? 学校って青春の醍醐味じゃん?」
 分かってないなぁと付け足す。
「ヤロウ共の視線が痛かった」
「・・・・・・」

(あぁ・・・・・・)
 天を仰ぐと一番星が瞬いていた。
 この馬鹿にも問題アリだが、あの二人も問題だ。チョコを渡す事で頭がイッパイイッパイだったにしても、もうちょっと余裕を持って周囲に気を配ったほうがいい。
 じゃないとこの朴念仁は恋愛感情以外に解釈の余地あれば、そっちに思考の流れが行ってしまう。
(先は長そうだなぁ)
 どうくっ付くのかは分からんが、少なくとも時間はかかりそうだなと、静かに思った。



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