4-9

 いきなり現れたエンに対し面食らう。
 エン一人が、俺を、待っている、というのはかなり希少パターンだ。
「ちょっと付き合いなさい」
 そう言って歩き出すエンの背中を反射的に追う。
「おーい、なんだよ?」
「―――」
 返事は無く足早に歩いていく。自分の目的地とは逆方向に。
 問いを重ねようとして、すぐに諦めた。

 今日という日を知らない訳では無く、それでいてエンが一人で訪ねて来た理由はなんだろう?
 聞かずとも答えは自ずと分かるだろう。

 お小言でも言われるのかなぁと少し憂鬱な気分になる。
 俺たちの中で一番の常識人かもしれないのは実はエンだったりする。
 俺とタスクは言うに及ばず、ヒロスケも一見常識を持ち合わせていそうだがそれが一般的かといわれるとやや返答に困る。
 返答に困るのは、過分に俺との付き合い故なのだからヒロスケも報われない。

 対してエンは常識を持ち合わせていて、なおかつ一般的だ。
 売られた喧嘩は増額で買い取りしちゃう派の血の気の多い人柄だがそこは目を瞑ろう。
 口喧嘩以上にはならない分、よほど文明的だ。
(大体、一等野蛮なのは俺だしなぁ・・・・・・)
 暴力に頼った考え方は野蛮の一言で十分だ。そして直す気が無い所も。

 近くの公園に入り、エンがベンチに腰を下ろす。
「紅茶」
 それだけ言って五百円硬貨を投げてくる。
「冷たいの、熱いの、どっち?」
「冷たいの」
「砂糖は?」
「あれば微糖。なければ任せる」
「へーい」
 ああ、俺を顎で使える世界で非常に稀有な存在だなぁとしみじみ思いつつ、自動販売機まで行き、紅茶を買って戻る。
 銘が違うのがあったが、どっちが好みかは知らん。
 缶とお釣りを渡す。
「・・・・・・自分の分も買えば良かったのに」
「そういうのは先に言ってくれ」
「いる?」
 そう言って今度は二百円を差し出してくる。
「いや、いい」
「そう」
 小銭をしまってから、缶に口をつける。
 その間に公園の時計に目を向ける。
 約束の時間まで余裕はまだある。少し走れば十分間に合うだろう。
 視線を戻すと渋面で紅茶を飲んでいた。
「不機嫌そうだな」
「そーよ。人生の貴重な時間を使って楽しくもない事をしてるんだから」
「エンさん、エンさん。それを俺に向かって言うのは酷くねぇ?」
 鼻を鳴らして横を向く。そして目を合わせないまま
「今、ヒロスケ達がグランさん達に喧嘩を売りに行ってるわ」
「・・・・・・は?」
 唐突な発言に間抜けな声が出る。そして致命的な追い打ち。
「千夏ちゃん達も一緒にね」
「―――」

 え? 何それ? 渾身のギャグ? マジ笑えないんですけど。

「言っとくけど冗談なんかじゃないからね」
 変わらず不機嫌そうな声。
 ぐちゃぐちゃの思考のまま駆け出そうとする身に
「待ちなさいよ」
 止まるべきかどうか。一瞬の内にせめぎ合う思考を読んだ様に声が続く。
「シュウがどこかに行くつもりなら、せめてヒロスケ達の意思を汲んであげて」
 だけどと。
 危険だとか、無謀だとか。そんな言葉は静かな視線に遮られた。
「ちゃんと見届けなさい」
「それがあいつらの意思だっていうのかよ?」
「そうなんじゃない?―――勝てそうにない相手に喧嘩を売りに行く思考は私には分からないけど」
 そう言って微笑む。少し寂しそうな顔で。
 ああ、それと、と思い出したように呟く。
「―――責任は取らないけどね」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 レージさんを以前見送った見送った丘に、呼び出した相手はすでに来ていた。
 自分達だって余裕をみて到着したが、それよりも早く。
 最悪、無視されるかなぁなんてタスクと冗談を言っていたのに。
 律儀なヒトだなと、最初見た時と変わらない感想を得る。
 その隣に立つリエーテさんはちょっと不機嫌そうだ。
 繰り返しになるが、約束の時間よりもだいぶ早く来たんだけどなぁ。
 呼び出したこと自体に不満があるのかも知れない。

「グランさん、来て下さってありがとうございます」
 タスクと雪と桜と千夏ちゃんと。会話をする役目は俺に任されている。
「いや、いいよ。どうせシュウが来るのを待つだけの時間だ。それが少し早くなってもなんら支障はない。それよりも」
 一度言葉を切り
「大切な話と言うのは?」
「シュウのことです」
 相手は驚きもせず耳を傾けている。予想の範囲内の話であろう。
「グランさん達がやろうとしていることは、どうしてもシュウが必要な事なんですか?」

 きっと、間違いなく、グランさんは強い。
 それでもシュウが必要な理由。

「ああ、どうしてもシュウの力を借りたい」
「もしシュウがグランさんと行くのを拒んだら、どうするんですか?」
「それでも来て貰う。どんな手を使っても、ね」
 その視線が一瞬だけ、後ろの雪と桜に移った。
 自虐するような笑みに、それをするのは最後の手段だろうと思う。けれど同時に、それをすると決めたら躊躇わずに実行するだろうなという確信を抱かせる。

 そこまでの覚悟でシュウを連れて行こうとする理由は分からないままだったが、それでも
「止めます」
 シュウを連れて行こうとする貴方を
「俺たちが」

 それを聞いたグランさんが眉を寄せる。
「―――もしシュウが居なければ、大勢の人が死ぬ。それでも理解してはくれないのかい?」
「じゃぁ仮に、シュウは無事に帰ってきますか? それはどれくらいの期間ですか?」
「―――」
 渋面での無言。
 嘘言わぬ誠実さを、こんなに残念に思ったことは無かった。
 嘘を言ってくれれば糾弾することもできただろうに。

「できるだけ無事に帰せるよう、最大限便宜は払う。期間は最短でも半年は―――」
「それじゃぁ意味が無いんです」
 言葉を遮る。
「シュウが頼りになることは知ってます。グランさん程のヒトが当てにするくらい強いのも分かってます。けど」

 グランさん程強いヒトが確約できないような危険なことにシュウは巻き込まれる。
 どこか遠くで、知らない内に二度と会えなくなるかもしれない。
 いつ帰ってくるかも分からないまま、待ち続けるなんて俺たちには無理だ。
 もしこれがシュウの望みなら、寂しくとも送り出せるのに。

「本当は何も分かってません。人が大勢死ぬ意味とか、シュウがどれだけ重要な位置に立っているのかも」
 けれど
「そうやって色んなものを押し付けられた友達が傷付くのを、―――俺たちは望みません」
「ヒトの望みが全て叶えられるほど世界は優しくない」
 そう言って疲れた顔で笑う。
 でも、それなら
「グランさん達の望みが叶わない道もあるってことですよね?」
 挑むように告げる声は格好悪く震えたりしてないだろうか。
「当然その道もある。だけど私たちはその道がどんなに困難でも切り開く覚悟は出来ている」
「だったらさっき言った通りです。俺が、俺たちが、止めます」
「どうやって? 残念だけど今の君達では圧倒的に力不足だ」
「そんな事は分かってます」
「なら」
 無駄なことは止めておけと、そんな言葉が続く予定だったのだろうか。
 その表情が驚きに変わる。

「其が叡智、我が身に宿り、我の道を示す導となれ」
 水平に掲げた左手を中心に風が渦巻く。
「我は滅びを謳う者」
 タスクが声を重ねてくる。
「共に始めた大地は腐り、共に歩んだ道は失われ、共に生きた証は消え去った」
「故に我は滅びを謳う。滅びの担い手と同じ道を征く為に」

 左手の甲が薄く輝く。最初は穏やかに、徐々に光を増して。
「止めろ!!」
 損得では無い、こちらの身を心配しての悲痛な叫び。
 この儀式が終わった後に向けられる牙が、自分だと知っているから止めているんじゃない。
 本当にこちらの身を案じて―――

(ああ、いい人だな)

 激痛から嘔吐しそうになる躰。余りの痛みに肉体からの信号が脳に届きにくくなる。そんな中で得る感情は暖かだ。
 レージさん達や、リエーテさん、グランさん。そしてシュウも。
 見たことも無い世界に住む人たちは、強くとも優しさを忘れない人が多い。
 もちろん、そんな人たちばかりではないのも分かっている。本当に極一部の例外の可能性だって当然ある。
 それでも自分が会った人たちは皆、いい人ばかりだ。
 今の自分達の―――否、自分の行動は―――結果的にその人たちが苦しむことを是としている。
 そこに良心の呵責を覚えない訳じゃない。でもすまないと謝るのも違う気がする。

 強く有りたいと思う。
 己の決断に迷うこと無く、ただひたすらに己の意思に沿えるよう。
 これはその為の力だ。
 だけど

「本当に止めるんだ!! それは君達が思うような善良な力なんかじゃない!!」
「知って、ます」
 言葉を発するのすら辛い。それでも精々、強がって答えて見せる。
「シュウに、言われましたから」
 顔を歪ませ泣きそうな声で問う。
「だったら、なぜ!?」

 今ならはっきりと思い出すことが出来る。
 高校に入学した最初の日曜日。師匠の家での入学お祝いパーティーの後だった。
 もう一つ入学祝だとシュウに連れられてタスクと一緒に庭に向かう。風は少し強く、月は雲に隠れていた。

 そこで『種』を渡された。

 篝火を背後に真剣な目で告げる。
 絶対に使うなと。
 使えば強くなれる。自分の限界を百枚くらい軽く突破できるような、そんなイカレた強さだと。
 だが使えば帰って来れなくなるかもしれない。だから絶対に使うな。
 そんな危険なモノ、使うことを停めるなら何故それを渡すのか。興味本位で使ってしまうかもしれないだろと、問えば
『護りたいモノがあった時、力及ばず、それでも護りたいと強く望むなら使え。責任は取らん』
『気を付けろ。コレは善良から程遠い力だ。その力で護りたかったモノを自分の手で壊すかもしれない』

 ―――だから絶対に使うなと。

 意識が遠くなる。
 これはいよいよ駄目かとそんな風に思った。
 あれだけ啖呵を切っておきながら恥ずかしいなぁとも。
 隣のタスクは大丈夫だろうか。俺一人気絶はもっと恥ずかしいのだが。
 ここに来て精神的な足の引っ張り合いとは、我ながら情けなくて笑えてくる。

 だけどその前に、ガキの我儘に付き合ってくれているグランさんの問いに答えておかなくてはならない。
 迷っている自分でも、その答えだけははっきりとしているから。

「シュウが、大切な友達だからです」



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