EX1-18 色々前途多難だと思う今日この頃3

(ああ、そう言えば前にもこんなことあったよなぁ)
 前回は森で、今回は山という違いはあるけれど。
 ロキの後を追って、山道を走りながらぼんやり思う。
 あれからもう4年も経つのか、と。
 そして、その4年間の内に身の回りで頻発した問題は、自分の体質の所為なんだろうなぁ、とも。
 溜息を吐きながら思う。
(呼び込んでいるのか、呼び込まれているのか)
 もっともその理由は半分程度でしかないのだが。
 走りながら先程のことを思い出す。


 道場で桜から話を聞いた後、急いで雪、義母さんと庭で合流する。
「どうして居なくなったんだい?」
 まず口を開いたのは義父さんだ。
 慌てていた桜から、詳しい事情は聞けていない。
 それに義母さんは首を小さく横にふる。
 台所に立っていたのだろう。
 答えるのは嗚咽を必死で堪えようとする雪だ。
「桜と、ち、千夏ちゃんとコタツで、は、話、してて、髪、綺麗だねって話になって、髪触ったらお、驚いて走ってい、居なくなっちゃった」
 自分が先を訪ねる。
「それから?」
 こんどは桜が変わりに話す。
「だから、家の中探したの。でも見つからなくて・・・・・・」
 俯く姿が痛々しい。
 とりあえず経緯(いきさつ)は分かった。だが理由は今の話からでは分からない。
 だから義父さんと義母さんに目線で尋ねる。
 心当たりは、と。
 困惑した表情で口を開いたのは義母さんだ。
「千夏ちゃんの髪、綺麗に切り揃えられていたでしょ? でも昔は長かったの」
 その科白に雪も桜も首を傾げている。一体何の話だろうと。
 だが事情を知っている自分は適当に当たりを付ける。

 昔長かった髪が今は短い。
 少女の身に事件が起こり、そしてこの家に来た。
 事件のときに短くなったのか、それともその前からなのか判断はつかない。
 だが、少なくとも触れられて驚く程度には良い思い出ではないのだろう。

「義父さん」
 力強く義父さんは頷く。
「ああ。―――美咲さんはここで待機して連絡係りを。それと同時に警察に連絡を頼む。それから雪と桜はもう一度家の中を調べてみてくれ」
 雪と桜は警察と言う単語に顔を強張らせる。そこまで事態は深刻なのかと。
 すかさず義母さんがフォローに入る。
「大丈夫よ。心配しないで万一のことを考えてのことだから」
 義母さんの笑顔に励まされ、二人は頷き走って家の中に向かう。
 その場に残った三人は顔を見合わせる。
「じゃあシュウ君、悪いけど山を捜してくれるかな? 僕は下を捜すよ」
「逆の方が良くありませんか?」
 面積的に言えば圧倒的に下の方が広いが、まだ人の目はある。それを頼ればなんとかなるだろう。それに山の地理は義父さんの方が詳しい。
 しかしそれに義母さんが首を振る。
「もし、千夏ちゃんが森に入っていたら厄介だわ」
「まさか、そこまで・・・・・・」
 言いかけた言葉を途中で止める。
 もし我に返ったあの子が、強い自己否定の念に囚われていたら?
 考えないだろうか、安直な方法を。
「・・・・・・」
 絶対(・・)に無い、だなんて口が裂けても言えない。
「ごめんなさいね。私が行ければ良いんだけど・・・・・・」
 首を振る。
「義母さんは雪と桜をお願いします。特に雪は気に病んでいるでしょうから」
 疲れた顔だが力強く笑う。
「ええ、任せておいて。それから千夏ちゃん見つけたら私に連絡ちょうだいね。余計取り乱すかもしれないから」
 義母さんの言葉の後、義父さんが二つ折りの携帯電話を差し出す。
「僕は公衆電話を使うから、シュウ君はコレを」
「わかりました」
 受け取って駆け出そうとした所に義母さんの声が掛かる。
「シュウちゃん、焦る気持ちはわかるけど服は着替えていきなさい。一夜さんもね」

 それから着替えて山へ向かおうとした所で、不覚にも気付いたのはロキの存在だった。その時、義父さんは既に下に降りており、連絡がつき次第、山に向かうことになっている。
 急に足場が滑る。
 考え事をしながら走っていたので足元への注意が(おろそ)かになっていた。
 それを、体勢を少し崩しただけで踏み留まり、また走る。

 落ち葉の積もったこの時期、山道は雪とは違った滑り易さがある。また滅多に人が入らないのも理由の一つだろう。
 幸いにも仕事の関係で、獣道を進むのは問題無かった。
 後を振り返りもせずロキが喋る。
「マスター、鈍ったのではないのか?」
「煩い」
 半目で背中を睨みつつ可愛くないなぁと溜息を漏らす。
「お前こそ、昔みたいに迷子になってないだろうな?」
「大丈夫だ。ここは普通の山だぞ? 流石にそこまで鈍ってはおらん」
 ロキの言葉にもう一度溜息を吐く。
(普通・・・・・・ねぇ)
 地属性の影響を強く受けるこの使い魔にとって、山道は特に苦にもならないだろう。それに精霊が少ないこの世界では、ほんの少しの差が死活問題に繋がる。
 未だに理由は不明だが、この山は精霊が若干多い。だから無駄かつ無意味にこの使い魔は元気なのだ。
 あの陰の気に満ちた森に比べれば、確かに普通の範疇だろう。だが駆け上がる斜面はかなりの急勾配だ。加圧(ブースト)していなければ登山道具なしで登ろうとは考えないほどに。
「・・・・・・本当にこの道、あの子が通ったのか?」
 人は見かけによらないし、海神(わだつみ)の分家だと言っていたから訓練もされているだろう。
 しかしこの落ち葉の量で、この勾配を、加圧したまま走るのはかなり難度が高い。
 淡々とした声でロキが喋る。
「いや、通ってはおらんぞ?」
「オイッ!?」
「マスターが、あの子の居場所がわかるか? と聞いたので居場所まで最短ルートで走っているに過ぎん」
「お前なぁ・・・・・・」
 怒りを堪えて口を開けたところでロキの真剣な声が割って入る。
「マスター、腑抜けてはおらぬか?」
「む」
 口を噤む。
「本気を出すこと忘れて久しいのではないか? 実戦訓練は妖物で積んでいるだろうし、あの階段だ。日々の鍛錬にも事欠かないであろう。一夜殿との組み手もいい刺激になっていると思う。だがマスター、それだけでは駄目だ」
「・・・・・・」
「もう魔力も底をつきかけていている。今の状態を保てたとしてもあと2年が限界だろう」
 走るスピードは変わらないまま言葉は続く。
「即急に手を打たんと、いつか倒れるぞ?」
「・・・・・・分かってるよ」
 静かな否定は、更なる否定によって返される。
「分かってはおらぬよ、マスターは。ならば問うが、もし今追っ手が掛かったらどうする?」
「どうするって・・・・・・」
 突拍子も無い、とは言えない。
 備えられるなら備えておくべきだと今日、自分が言ったばかりだ。
「何も不思議なことはあるまい? それともあの国の連中が、大人しくマスターの力を手放すと、そう思うのか?」
「・・・・・・」
 沈黙の答えはNoだ。
「追っ手にこちらに魔力が無かったからだ、などと言い訳は通じぬぞ? その時に動けねば意味が無い。そして動けなかったことを悔やみ周りに被害を与えてしまった時、マスターはどうする? あの時のように自暴自棄になるのではないのか?」
 ロキの言葉に苦い思いが胸を占める。
 この世界で、自分の過去を一番知っている相手だからこそ、否定できない。
「―――私は、あんなマスターをもう見たくはないぞ」

 ロキの小さく呟いた言葉に、心配してくれているんだなぁ、と苦笑が漏れる。
「なんだ、マスター? 気味が悪い」
「いや、なんでもねーよ」
 少し心が軽くなる。
 そしてなんとかなるだろうと楽観視していた気持ちを改める。
「・・・・・・そうだな、もっと真面目に考えないと」

 この4年間まったく手立てを考えてなかったわけではない。
 システムをいじり、利便性を上げ、最適化し、バージョンの更新にも努めた。だがそれらは足しでしかない。
 結局最後にモノを言うのは己の意志を貫き通すだけの力だ。
 意志に意味は在る。
 だが、どんなに強固な意志があっても、それを実現できる力が無ければ意味は薄れる。
 そして今の自分の状況はまさにそれだ。
 体はこっちに来たときよりも随分成長した。戦闘技術そのものにあまり進歩はないが、まったく成長していないわけでもない。
 だが体調はすこぶる悪い。眼鏡を外したまま山から下りれば三日を待たず倒れるだろう。けれど追っ手はお構いなしだ。
 そしてもしそんな状況で被害を出してしまったら?
(きっと後悔する)
 だったらやはり、備えられるなら備えておくべきだ。
(でも、やっぱりなぁ・・・・・・)
 そこまで考えて情けなく尻込みしてしまう。
 魔力、もしくは魔素を補給する方法はある。
 実際4年前、森の中で補給もした。
 そしてあの方法よりも、ずっと低負担で補給する方法もあるにはある。
 しかしその方法にあまり気乗りしない。
 なんと言うか、その・・・・・・恥ずかしいし。
(・・・・・・)
 自分で思いついた単語に気恥ずかしさを覚える。
(うっわぁぁ、俺って純情ー)
 自分の思考にセルフツッコみを入れてからげんなりする。
 一体どこの夢見る乙女だ。
 そう言う事を気にしていられる立場ではないのは解っている。
 だが、だったら一体、誰に、どう説明する?
 それを考えただけで問題を先延ばししたくなる。
 ついさっき気持ちを改めようと思った意志が霧散してしまいそうだ。

 現実問題、自然回復は見込めない。だったら人為的に回復させるしかないのはわかっている。わかってはいるのだが・・・・・・
 溜息を吐く。
「マスター。何を一人で赤くなったり、青くなったり百面相しているのだ?」
 後を振返りもせずにロキがいつもの調子で喋る。
 本当に可愛げのない使い魔だ。何も知らぬフリをして、実は心の中はお見通しなので性質(たち)が悪い。
「いや、世界は難しいなぁと思ってね」
 だからこちらもそれに気付かれていないフリをして何気ない会話に置換える。
 ふむ、とロキは小さく唸る。
「やはりここは素直に姫に願っては―――」
「だぁぁぁぁ!!」
 奇声を上げてロキの言葉を打ち消す。
「オ、マ、エ、は!! どうして人が考えないようにしていることを口走りやがる!?」
 動揺し過ぎだと、慌てている心で自覚する。
「ぬ。マスター、心外だ。私は何の策も無いマスターに変わって、わざわざ策を提案しているのだぞ?」
 悪びれもせず至極真剣にこの腐れ使い魔はのたまわる。
「姫が駄目なら、母上殿はどうだろうか?」
 ちなみにロキの言う『姫』は雪と桜のことで、『母上殿』というのは義母さんのことだ。なぜ二人まとめて『姫達』ではなく『姫』なのか理由は知らない。
「お前、楽しんでるだろう?」
 低い声で尋ねる。
 ロキは嘆息し、口を開く。
「マスターは我儘だな。もう少し従順で賢い使い魔を信じたほうがいいぞ?」
「本当に従順で賢かったらな」
 忌々しいなと思いながら溜息を吐く。
 ロキなりに気を遣っているんだろうことはわかるのだが、もう少し言葉を選んで欲しいところだ。

「む」
 突然ロキが歩みを止める。
「どうした?」
 少し乱れた息を整えながら辺りを見回す。既に山頂が近い。
「この辺りが一番匂うのだが・・・・・・」
 地面に鼻を近づけながらロキが喋る。
 その言葉にもう一度辺りを見回す。
 だが人の影は見当たらない。
 疑わしそうな視線をロキに向ける。
「・・・・・・やっぱり迷子なんじゃぁ?」
 眉を寄せた表情で振返る。
「そんなことはない。随分前からこのあたりから動いてはいないようだ」
「とは言ってもなぁ・・・・・・」
 実際人の気配は感じられないのだ。しかし、かと言ってロキが嘘を言っているようにも見えない。匂いを消すような池や川も無い。
 もしかして特殊能力で透明人間にでもなれるのだろうか?
「少しこの辺りを探ってみようか?」
 提案してから力場検索(フィールド・サーチ)を行う。
 力場反応は予想通りない。念のため力場反応以外も確かめてみる。
 動体反応―――なし。
 熱源反応―――なし。
 一応ついでに生体反応も検索してみるが反応は無かった。
「ってあれ?」
「どうした? マスター?」
 疑問の声をあげるとすかさずロキが尋ねてくる。
「なぁロキ。力場検索で生体反応をスキャンしてみてくれないか? Lv3くらいで」
「? ああ」
 ロキは一度目を閉じ、力場を練ると検索を始める。

 Lvというのは検索するときのフィルターの粗密さだ。Lvが高くなればなるほど人間以外の生き物までフィルターに掛かるようになる。ちなみに普通(デフォルト)なら5が最高だ。
「なにも反応はないぞ?」
 怪訝そうにロキは結果を答える。
「だよな? 俺の反応もないよな?」
「? む、そう言えば」
 ロキも事態が飲み込めたらしい。耳を立てて警戒を始める。
「自分家の裏山が実は魔境だったなんて洒落にならねぇなぁ」
 辺りに視線を巡らせながら、口調だけはのんびりと話す。
「だが、一体どういうことだ?」
 尚も怪訝そうにロキは喋る。
「わかんねぇ。なんかの結界の一種かな? 義父さんは何も言ってなかったけど・・・・・・」
 とりあえず身に差し迫った危険ではないと思う。危険な場所なら(あらかじ)め義父さんが何か言うだろう。
「ま、今は彼女を探すのが先だ。検索が使えないなら、足使って探すしかないな」
 枯葉の上を歩き出す。
 ロキもそれに倣って歩き出す。
「もう少し具体的な場所わからないか?」
 ロキはフムと唸ると鼻を地面に当てて匂いを嗅ぐ。
「・・・・・・よく解らんな。どうも場が混沌している」
「混沌ねぇ」
 歩きながら考える。
 何か特殊な結界だろうか?
 しかし一体なんのためのものか判断できない。
 そもそも結界かどうかすら分からない。
 なんの手掛かりもないまま考えても答えは出ない。
 ならば手掛かりを探せば答えは見つかるかもしれないが、今は他に目的がある。
(帰ったら、義父さんに聞いてみよう)
 一番簡単に決着のつく方法を頭で考え、声を出して叫ぶ。
「おーい」
 叫びが虚しく木霊する。
 耳を澄ませてみるが返答は聞きこえない。
「おーい」
 もう一度叫んでみるが結果は同じだった。
「うーん、どうしようもないな」
 一人呟いて辺りを見回すがやはり何も見当たらない。
 ロキは地面の匂いをまだ嗅いでいる。

 ロキを視界の端に収めながら少し離れた場所を歩いて探す。
 本気で居るとは思ってもないが、そこらの茂みをつついてみたり、木の上を見上げたりと隠れられそうなところを探してみるが徒労に終わる。
「おーい」
 再び呼びかけてみるがやはり結果は同じだ。
(うーん、使えないと改めて力場の有り難味がよく分かるなぁ)
 暢気に考えながら視界を振る。
 ロキはかなり前から動いていないようだと言っていた。
 ならば彼女この辺りに居るのだろう。
 仮に動こうとしても、この落ち葉の量なら足音に気付くはずだ。
 残る可能性としては彼女自身の特殊能力によるものか、もしくはこの結界もどきのせいかだ。
(もう少し彼女のこと聞いとけば良かったな)
 後の祭りだと頭を掻いてロキの方を振り向き大声で尋ねる。
「なんか分かったかー?」
 ロキは横に首を振る。
 しょうがない、とロキの方へ左足を踏み出したその瞬間。

 落ちた。



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