1-7 試験開始

 神崎さんの後ろを歩きながら、庭が妙に静かなことに気付く。
「静かですね」
 神崎さんが振り返りながら答える。
「そうね。この家、世間一般から言えば大きな部類に入るでしょうし、大きさの割に住んでいるのは4人だけだから。それに山の中にあるから騒音がきこえることもないわね。難点は買い物に出かけるのが不便な所かしら」
 説明を受け、縁側から庭をもう一度見渡す。庭に植えられた木は葉が落ちているものもあれば、紅葉しているものもある。掃除された後なのだろうか、落ち葉はあまり目立たない。漠然と今の季節は秋なのだと感じる。
 更に首の向きを変えて建物のほうを見ると木材で作られた家屋からは暖かな印象を受ける。こんな建物のことを『ワフウ建築』と言うのだろう。そしてまだ目的地に着かないところをみるとかなり広いようだ。
「そうそう、試験とルールについて軽く説明するわね。試験は戦闘能力を判断するために試合をしてもらうわ。ルールは半径20メートルの円の中で闘ってもらい、時間は無制限。降参や気絶、場外で試合終了とするわ。何か質問は?」
 そう言って振り返った神崎さんの顔は真剣だった。
鳩尾(みぞおち)を始めとした急所への攻撃は?」
「試合なんだからナシ。あくまで試合よ」
「道具に関しては?」
「今回は徒手で。攻撃力云々ではなく動きを見るのが目的だから」
力場(フィールド)による身体能力の加圧(ブースト)は?」
「それは使用可能と言うか、使わないと―――最悪死ぬわ」
 その言葉に神崎さんが真剣な表情をしている理由を悟る。
「死ぬ可能性がある時点で既に試合じゃない気がするんですけど」
 呆れたフリをして言葉を返す。
「動きを見るのが目的と言ったでしょ? 能力が著しく不足していたらの話よ」
 苦しそうな顔で神崎さんは笑う。
「本当はもっとゆっくりシュウちゃんの力量を把握していきたいんだけど、何分人手不足でね」

 だったらやらなければいいのに、と思うがそこら辺は家庭の事情だろう。あえてツッコむ必要もないと考える。それに実力不足で死んでいった人間は多く見てきた。今回は偶々それが自分だったと言うだけの話だ。死んだら死んだ。それでお終い。世界はそういう風に出来ている。


 吹き抜けの廊下を通り、離れのような感じの建物に足を踏み入れた。
 建物は外見通り、かなり広い。学校の体育館並みの広さがる。そして庭の周りも確かに静かだったが建物の中は静謐と言おうか、静寂と言おうか、足音すら立てるのが 躊躇(ためら)われる雰囲気がある。そんな中、一人の男の人が座禅を組んで中央で瞑想していた。
 見た目はまだ若い、歳は二十代後半だろうか? 黒い髪で白い胴着に白い袴を穿いている。座禅を組んで瞑想している様は悟りを開こうとしているようにも見えるが、見る人が見れば力場を()っているのだとわかる。そして力場の密度、範囲、圧力どれをとっても超一流だ。圧力が強いにも関わらず、息苦しさを感じさせないのは相当の熟練者だからだ。これなら建物の中の異常な静けさも理解できる。自分の腕には自信があるほうだがこんな芸当は無理だ。
「一夜さーん、シュウちゃん連れてきたわよー」
 静寂を破ったのは神崎さんの声だった。その声に反応して目を開いて男性はゆっくりと立ち上がる。
「やあ、目は覚めたかい?」
 意外と人懐っこい声で尋ねられた。
「ええ、おかげ様で」
「それは良かった。名前はシュウ君? 僕は神崎一夜(かんざきかずや) 、ここの道場で師範をやっている。本職は神主兼、妖物退治屋、かな? ちなみに美咲さんの夫で二児のパパだ。よろしく」
 笑顔共に右手を差し出してきたので握り返す。
「名前はシュウです。危ないところを助けていただいた上にいろいろご迷惑をおかけしました」
 と頭を下げた。
「うんうん、礼儀正しくて善い子だね。素直で大変よろしい。試験に受かったら長い付き合いになるだろうからよろしく頼むよ。もし落ちても最期まで面倒は見るつもりだから緊張せずにリラックスしてやろうね」
 どことなくペースが神崎さんに似ているなと思う。
「精一杯頑張らせていただきます」
 と今度は深く頭をさげた。
「さて互いに自己紹介も済んだことだし早速試験にとりかかりましょうか」
 と神崎さんが切り出す。。
「あ、スイマセン。少し体ほぐしてからじゃあダメですか?」
 少し間があって
「そうね、長い間寝ていたし、急に体を動かすのは良くないから30分くらい準備体操していてね。その間にこっちも準備するから。それにうっかりしていたけど、寝巻きのままやるわけにはいかないから着替えを取ってくるわ」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 動きやすい服に着替えてから一通り筋肉をほぐし、体を温めることを丁度30分で終えて、半径が20メートルの円の中に進む。
 少し気持ちが昂ぶっているのを感じる。敵わないとわかっている存在に挑む感覚が懐かしい。いつも息巻いて勝負をするのだが、毎回軽くあしらわれていた。可笑しな話だがその『敵わない』感じが気持ち良かった。命を奪うための闘いではなく、自分の全力を確認する為だけの闘い。そこに負の感情はもちろん、名誉も名声もなく、ただその大きな存在に挑戦したかった。
 不意に『何故登るのかって? それはそこに山があるからだ!!』という意味不明な言葉が頭をよぎる。実は自分は体育会系の思考の持ち主なのかもしれないなと、苦笑する。
 あの頃は自分が力を付けていくことが楽しかった。昨日よりも今日。今日よりも明日。いつかその存在に近づければいいと思っていた。そして超えられないことにどこか安堵していた。
(懐かしいな・・・・・・じいさん)
 呼びかけに答える声は無く、感傷に浸りそうになる気持ちを引き締める。


 円の中心まで歩いていき、3メートルを空けて相手と向かいあう。
「お互いに礼」
 神崎さんの声に会わせて礼をする。
「試合開始!!」
 半身をずらし身構える。
 あの頃と同じ気持ちを目の前の人は感じさせくれるだろうか?



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