1-23 決着

 力場探索(フィールド・サーチ)を実行する。壁まで探索が届かない。どうやらかなり広い空間のようだ。真っ白い空間。暗くもないし、眩しくもない。音も、匂いも、人の気配さえも何も無い。
 変な感覚だった。一番近い感覚は浮いている感覚だ。けれどいくら経っても落下はしない。
 むぅと唸って腕を組む。
(どういうことだ?)
 急に一人、ただ広い空間に放り出された気分だ。
 しかしすぐ横から、いきなり声が掛かる。
 急に湧いた月子の存在に驚いた。
 こっちの驚きを無視して淡々と場所の説明をする。
「ここには天も地も存在しないわ」
 そう言われて上を見て、下を見る。なるほど、だから落下しないのかと妙な納得のしかたをする。
「そして距離や時間さえもこの中では無意味よ。完全に世界から遮断された空間」
「なるほど、さっきの呪文は亜空間展開式の結界か」
「あら、良く知ってるのね」
 月子は少し驚いたように言う。
「これでも一応、影を便利に使わせてもらってる身なんでね。それに歴代の救世主の中にはウィザード級の使い手もいただろ?」
 自慢するでもなく事実だけを述べながら、もう一度辺りを見回す。
(もっとも理論だけで、ここまで完璧な亜空間は実現できていなかったけどね)
 いろいろ質問してみたいのは山々だが先に問題を片付けなければならない。
「それでリュウはどうしたんだ? 見当たらないんだけど?」
 とりあえずこの空間がどのくらい広いかはわからないが、ドラゴンの姿は見あたらない。
「距離や時間さえも無意味と言ったでしょ? もしかしたらすぐ真横に居るかもしれないし、50キロ離れたとこに居るかもしれない・・・・・・。自分と相手が、お互いに認識しようとしなければ認識できないわ。もっとも術者の私は位置の把握はできるけど」
「へぇ〜」
 少し自慢げに喋る月子を横目で見ながら、不熱心な生徒のような声をあげる。
「じゃ、あれは何?」
 一点を指差す。
「え?」
 何も無い空間に黒い点が現れ、ヒビが入る。それは徐々に広がり、穴が開く。そしてそこから、大きな角と鋭い牙、野太い髭、凶悪な顎。血の様な赤い目。黒い鱗に覆われたヨウブツが姿を現す。
「っ!! そんな!?」
 半目になって月子を見る。
「・・・・・・本っ当に大丈夫なんだろうな?」
「それは・・・・・・絶対大丈夫よ。私を信じて。もしあなたがラシルに乗っ取られる様なことになったら、本当に私をあげるから」
 溜息を吐いて思う。
 それには色々と矛盾が含まれるんだがなぁ、そもそもさっきの台詞は嘘だったんかい、と心の中で突っ込みを入れる。
(貧乏クジ引いてばっかだなぁ)
 こんな状況にも係わらず溜息を漏らす。
 憤りを感じなくはない、が瞳を見れば判る。きっと彼女の想いに嘘はないのだろう。そして、
(例え一時的にだろうと、信じると決めた自分の責任か)
 不安そうに此方を窺っていた彼女を横目に一歩前に出て、真剣な声で告げる。
「観念して月子さんを信じることにするよ。援護を頼む」
「え?」
 疑問の声に聞こえない振りをして歩み進める。
 封印開放機構(Protect Release System)を起動させる。右側面に緑色のウィンドウが表示される。
 ドラゴンは空間の裂け目を通ろうとしているが、空間への干渉が不十分で胴体の一部が(つか)えてそれ以上出てこれない。一種間抜けな光景だった。そしてヨウブツの20メートルほど前まで歩んでいく。
Protect ()Release ()System()の起動要請を確認。』
『現在このシステムは使用者により凍結中であり、凍結の解除にはパスワードが必要です。』
『パスワードを入力しますか? Y/N』
「Yes」
『パスワードは音声入力です。パスワードをどうぞ。』
 とりあえずウンンドウを待機状態(スタンバイ)で保持。
 こちらに気付いたヨウブツは目を細め、品定めをするような目つきになる。そしてなんの前触れも無く、辺りに耳障りな嗤い声が響く。
「ハハハ、なんだ貴様は?」
 ここには自分と月子とヨウブツしかいない。ならばこの声の主はヨウブツなのだろう。喋れたという事実が意外で少し驚く。
 もっともロキだって大気を震わせて人語を喋るし、敵はかなりの高知能だ。最初から喋る気が無かったのかもしれないし、もしかしたらこの空間がそうさせているのかもしれない。
(まぁどうでもいいことか)
 ぞんざいな口調でリュウが喚く。
「さっきから周りをうろちょろしている蝿ではないか? 命乞いにでもしにきたか?」
 そこで一旦言葉を切るとまた嗤い、
「まんまと亜空間に逃げ込めたと想ったのかもしれんが、ワシとて異空間干渉能力くらいは所持しているわ!! 袋の鼠は貴様らのほうだ!!」
 頭をゆっくりかきながら思う。
(やれやれ、喋ると、どうもイメージが崩れるな。ドラゴンってのはもうちょっとこう・・・・・・理知的と言うかなんというか―――)
 落胆の篭った声で一言、
「ギャー、ギャー良く喚くトカゲだな」
「なに?」
 リュウの声に怒りが篭る。
「良く喚くトカゲだと言ったんだ」
 良く通る声でハッキリと言ってのける。
「口を慎め、小僧っ!!」
 睨みを効かせてくるが、その間抜けな状況を逆に笑ってやる。
 トカゲは一層怒気を込めて
騎士(ナイト)でも気取る気か、小僧? 貴様が護ろうとしているものが何者かも知らずに?」
 そこでまた一旦言葉を切る。
「そして貴様の攻撃はワシの鱗に傷をつけるだけで終わっただろう? 今もここで生きていられるのは我が情け故だぞ? その気になれば我が一息(ブレス)で塵一つ残らず消えると言うに」
 ペラペラ喋るトカゲを不愉快に思う。もう少しまともに喋れんもんだろうか?
 こちらの無言を肯定ととったか更に助長して喋る。
「いまなら(こうべ)を垂れて命乞いをするなら助けてやってもいいぞ?」
 妙に高圧的な言い方が癪に障る。こちらが命乞いでもすると本当に思っているのなら御目出度(おめでた)いトカゲだ。
「ああ、頭の弱いトカゲに命乞いするなら潔く死んだほうが全然マシ。敢えて注文をつけるなら、臭い息では死にたくないってことかな?」
 ヘラヘラと神経を逆なでするように挑発してやった。
「図に乗るなよ、小僧っ!! その身はなんだ? 偽りの器に、呪いと祝福、厄災の種子と業。真っ当な人間がそんなものを宿すものか!! あの女にでも(そそのか)されて宿しでもしたのかもしれんが、そんな身でなにかを護ることができるのかっ?」
 相当さっきの言葉が頭に来たようだ。長い台詞を一息で言ってのける。
「護る必要なんて無いさ」
 流すように言う。
「何?」
 怪訝そうな表情でこちらを睨む。
「テメェを葬ればいいだけの話だ」
「笑わせるな、貴様に何ができる!?」
 本当に今にも(わら)い出しそうな勢いだ。
「お望みとあらば見せてやるよ」
 ウィンドウの待機状態を解除。そしてパスワードを告げる。

「僕は僕の運命を諦めない」

『パスワードの適正を確認。』
『PRSの凍結解除が承認されました。』
『PRS起動準備・・・・・・』
『PRS起動完了。』
 ウィンドウが緑色から黄色に変わる。
『PRS ver.0.93
 現在このシステムはβ版であり非常に不安定です。危険だと判断された場合は直ちに使用を中止してください。』
「第一から第四までの全封印の順次開放を要請」
『了解しました。第一から第四までの全封印の順次開放を実行します。』
『注意:周りを見て他人に迷惑の掛からない所で実行しましょうね☆』
 何が『ね☆』だ? 誰だよ、こんな馬鹿げた注意文をシステムに組み込んだのは。そう疑問に思い、懐かしい顔が頭を()ぎる。案外自分が組み込んだのかも知れないなと、頭の隅で一瞬思う。
 左手を水平に掲げ封印を解く。
「第一封印『悪魔の祝福(デモンズブレス)』開放」
『第一封印の開放を許可します。』
「第二封印『天使の呪い(エンジェルカーズ)』開放」
『第二封印の開放を許可します。』
 左手の甲に黒い翼と白い翼が一対ずつ浮かぶのが見なくてもわかる。
「第三封印『特異点』開放」
『警告:第三封印の開放は世界に影響を与える可能性があります。』
『開放を実行しますか? Y/N』
「Yes」
『了解。第三封印の開放を許可します。』
 左手の甲に更に翼を囲むよう黒い淵の円が浮かぶ。
 そして一度深呼吸して最後の封印を解く。
「最終封印『(カルマ)』開放!!」
 ウィンドウが黄色から赤色に変わる。
『警告:最重要:最終封印の開放は使用者の人格、自我に異常をきたす恐れが高確率で発生します。危険性を理解したうえで開放して下さい。』
『開放を実行しますか? Y/N』
 一度月子のほうを見る。そして目が合い月子は大きく頷く。
「―――Yes」
『了解。最終封印の開放を許可します。』
 そして最後に左手の甲に世界樹が浮かび上がる。
『全封印の開放を確認。』
『PRSを終了します』



 ◇ ◆ ◇ ◆

「・・・・・・」
 意識はある。どうやら結界が上手くラシルの影響を遮断してくれているらしい。そっと胸を撫で下ろす。そして眼前のドラゴンに目をやる。
「貴様っ!?」
 大きなトカゲは明らかに狼狽していた。
「余裕ぶっこいて攻撃しなかったのこと、後悔しろよ?」
「ふざけるなっ!! 世界樹の紋章だと!? 貴様・・・・・・正気かっ!?」
「生憎と正気でねぇ・・・・・・テメェの余生も残り僅かだぜ?」
「ふ。こんな紛い物の命、惜しいとは思わん。だが貴様だけは命に代えても抹殺する!!」
 ドラゴンの口に巨大な光が集まる。そしてその矛先が自分に向いているのがわかる。
「忌まわしき紋章と共に―――消えろ!!」
 恐ろしいほどの力の塊が放たれる。しかしそれに右手を向けただけで完全に無効化(キャンセル)してみせる。
「バカなっ!? いくら忌まわしき力とはいえ無効化だと!? そんな能力は!?」
 驚愕するトカゲを他所に大上段に剣を構える。
「世界樹の紋章驚いて、それ以外の紋章にも目を向けなかったのがテメェの落ち度だよ・・・・・・潔く逝け」
 攻撃用力場を練り、更にその他諸々の加圧(ブースト)を加える。そして
「絶破光断!!」
 力場を開放、空間の亀裂から動けぬトカゲの額を巨大な斬撃が襲う。
 そして黒い鱗のドラゴンは額から真っ二つになった。


 力を封印してドラゴンに近づく。
 それに気付いて、二枚に下ろされてまだ息のあるドラゴンは小さく笑う。
「くくっく・・・・・・まさか人間如きに遅れをとるとは我らが一族も地に落ちたものだ」
「・・・・・・」
「貴様は、あの忌まわしき力をどうするつもりだ?」
「別にどうもしやしないさ。アンタが現れなければ使う気もなかったし・・・・・・。ただ俺自身、まだ死にたくなかったし、彼女が何者であれ、救いを求められたなら救うのが俺の(やくめ)だ」
 ドラゴンがはっとする。
「貴様、救世主か?」
「『元』救世主だ。今は廃業したよ」
 今度は面白そうにドラゴンが笑う。
「そうか。敵わぬ訳だ。そうか、貴殿が・・・・・・」
 ドラゴンから敵意が消える。
「止めてくれ。俺はアンタの敵で、そしてアンタは俺の敵だ。哀れみも同情もいらん」
「しかし解せんな。救世主であるなら何故あの女を護る?」
 眉を顰める。
「どういう意味だ?」
 今度はドラゴンが驚く番となる。
「本当に何も知らぬのか?―――そうか、それでか。くくっ・・・・・・どうやらとんだ茶番に付き合わされたらしい」
 また小さく笑う。そして真剣な声で
「気を付けろ、救世主。貴殿はとても数奇な運命に翻弄されかけている。己の意志を見失うな」
 その言葉の意味を問いたかったが、口を閉ざす。きっと、これ以上はなにも答えてくれはしないだろう。
「最後に、一つ、問いたい」
 これが最後だろう。続きを促す。
「我は、強敵と、成り得た、か?」
 そんなことは決まっている。
「は、俺に喧嘩を売ろうなんざ百年早ぇ。次に喧嘩売る時は相手を選べよ?」
「ハハッ、ハ、これは、手厳し、い」
 ドラゴンは喉の奥で笑いを漏らす。
「でも、ま、顔を覚えとく位には強敵だったさ」
 ドラゴンの目が一瞬見開かれ、そして穏やかな色を宿す。
「そう、か・・・・・・その言葉、最高の、手向け、だ。我は、胸を張って、逝くことが、でき、る」
 そう言って目を閉じたドラゴンの肉体が黒から赤色に変色していく。元の色に戻ったというべきか? 変色が終わると今度は徐々に光の粒となって宙を彷徨いだす。
 その光景に眉を顰める。そこへ月子が宙に浮いて進んできた。
「胸の内の憎しみを消すことができたから元の姿で消えるわ」
 少し嬉しそうに光の粒を見上げる。
「さて、この空間を開放しないと、またヨウブツに逆戻りするから開放するわよ?」
 自分も光の粒を見上げたまま頷く。
「ああ」
「あーそれで一つ問題なんだけどね・・・・・・」
 顔を月子に向ける。
「ん?」
「空間の構成に魔力を使いすぎちゃって開放する分の魔力が足りないのよ」
 舌をペロッとだしておどけてみせる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 お互い無言で数秒。
 先に動いたのは自分だった。本日最大の溜息を吐く。
「遠まわしに言うけど、アンタ馬鹿だろ?」
「いや、それ遠まわしでもなんでもないし!!」
 いや、いいツッコミだ。
 もう一度溜息をついて尋ねる。
「どーすんだ? 魔素が回復するの待つのか?」
「いやぁ、そんなの待ってたら、ほらまた龍が妖物化しちゃうし、せっかく自力で浄化したんだから、このまま逝かせてあげたいし・・・・・・」
 妙に歯に衣着せた言い方をする。
「じゃあどーすんだ?」
 もう一度尋ねる。
「いやぁ、それでですねぇ・・・・・・」
 手を合わせて首を傾げてみせる。
「協力してね?」
 こちらが疑問に思う前に
「いただきます」
 亜空間であることが災いした。背の高さが意味を成さず、有無を言わせぬスピードで相手の唇が自分の唇を塞ぐ。
「!?」
 抗議しようと手を延ばした時には視界が歪む。急激な魔力の搾取(さくしゅ)により、身体機能が維持できなくなる。
(くそ)
 罵ろうと口を開こうとしたが口が動いたかどうかもわからない。
 意識が途切れる瞬間、ごちそうさまと聞こえた気がした。



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