2-9 抗戦

 力場(フィールド)によって加圧(ブースト)された肉体で校庭を駆ける。
 地面には穴が穿たれ、遊具は破砕し、数分前の面影は時間と共に消えていく。
 ここは既に校庭ではないのかもしれない。
 不自然な風が舞い、炎が踊る。
 それを何度も躱して敵へ近づき、刃を交わす。
 ここは戦場だ。
 そう思う一方で、銃声が足りないなと痛む頭で苦い自嘲を漏らす。
 剣戟は幾度と無く続き、その度に火花が散る。

 いい加減、捨て置いて欲しい。
 既に七年が経過した。
 もう自分は過去の遺物にすぎない。それにあの大戦で、自分は十分に働いたではないか。
 それなのに何故、と場違いなことを思う。

 だがそれは結局、諦観に縛られた者の考えだ。
 大戦の爪痕は深く、失われた者が戻ることは無い。
 故に何年経とうが諦めれぬ者にとって終わりは無いのだと。

 分かっている。
 解かっている。

 だがそれでも自分は嫌なのだ。何かを失って、得て、そしてまた失う。ずっとその繰り返し。
 戦いが終わろうとも繰り返される、世界の理。
 この世界でさえ、それは例外ではない。
 ならば何故、この世界に固執するのか?
 逃げか? 意地か? 願いか? 意思か? それとも別の何かか?

 分から無い。
 解から無い。

 判る訳が無い。
 痛む頭で考えられるのは此処までだ。
 理由なんか知ったことじゃない。
 今はただ、目の前の戦闘に集中すればいい。
 帰るにしろ、帰らぬにしろ、大切なのは自分の意思で決めることだ。
 それは勝った後で考えればいい。
 負ければ他人の思惑に動かされる。
 それだけは容認できない。
 だから今は闘う。己の意志を貫くために。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 体の不調から耳鳴りがする。
 姿の見えぬ敵を含め、最低でも1対6。
 敵に焦りは無く、余裕を持って迎撃されている。
 手加減は抜きだ。
 そんな状況でないのは自分が一番分かっている。
「破っ!!」
 掛け声と同時、逆胴を敵へと繰り出す。
 敵は受けることをせず後方に飛ぶことでやり過ごす。
 だがそれに逃がすまいと肉薄し刀を振り下ろす。
 こちらのスピードは敵の予測を上回っていた。敵は小さくうめき声を漏らす。
 もらった、そう思った瞬間、
「!?」
 殺気を感じ進行方向を強引に変える。
 一瞬前まで居た場所には炎の塊が着弾していた。
 リエーテが指揮官らしい声で叫ぶ。
「セイル、距離を空けたといって油断するな!!」
 叫びながら今度はこちらに剣を向け、高速で踏み込んで来る。
 それを迎撃するために袈裟斬りに刃を振り下ろす。
 交差する刀と剣。
「余裕のつもりですか? 救世主。劣勢でありながら刃を反したまま戦うなど正気の沙汰とは思えません」
 忌々しげな口調を睨みつけることで封殺し、嘲りを持って反論する。
「はっ、余裕に決まってるだろ? 騎士の道を違えるような奴らに本気になるか、よっ!!」
 切り結んだ状態で加圧した蹴りを叩き込む。
 敵はそれを危なげなく躱し、全力で飛び退く。
 残された自分には1時、5時、9時の三方から時間差で、風の刃と焔塊が飛んでくる。
「ちっ」
 加圧部分を脚に集中させて離脱。
 だがその先、退路を塞ぐようにアレックスと名乗った男が待ち構えていた。
 スピードは緩めず、そのままの勢いで突き進む。
「!?」
 男が驚いたのは一瞬。こちらのスピードに合わせ剣を薙ぐ。
 その一撃の軌道に対し前傾姿勢で身を屈め、ギリギリで避け懐に潜り込む。
 男の目が驚愕に見開かれる。
 この間合いでは刀は振るえない。
 故に力場を拳に固め、躊躇い無く鳩尾を殴りつける。
「ぐ」
 くぐもった悲鳴をあげ、衝撃で4メートル後退する。
 その隙を逃さずに斬撃を放つ。
 しかし後一歩と言うところでリエーテに庇われ無傷に終わる。
 追撃に移ろうとしたところでまた魔法の邪魔が入り飛び退く。



「大丈夫ですか? アレク」
 リエーテがアレックスへ声を掛ける。
「ええ、隊長大丈夫です。しかしまさか剣戟用の防護力場を拳で突破されるとは思いませんでした」
 アレックスは残る痛みに顔を顰めながら苦笑する。
「一か八かで腹部に力場集めたのが正解でした。もし胸部だったら確実に戦線離脱してましたからね」
「気をつけて下さい。フィス様の話では業の開放を救世主は絶対にしないとのことですが、もしされたら私たちでは手におえません。される前に倒さなくては」
「ええ、ですが・・・・・・」
 言い難そうに言葉を濁す。
 その言葉にリエーテは頷く。
 彼らの疑問はもっともなものだった。
 終戦の立役者の一人であり、最後の戦いではたった一機で千機もの魔想機を食い止め、勝利したと伝えられている。
 また本気になったソレは百万の敵でさえ止めることは敵わないだろう、とも勇者に言われた。
 他にも真偽の程は置いておくとして、様々な逸話が残っている。
 しかし目の前に居る救世主は弱い。
 いや決して弱くはない。普通に見れば十分強いだろう。
 だがそれは一般的に見ての話だ。
 勇者や英雄に見る圧倒的なまでの強さの面影はない。
 殺すことを前提にすれば一対一で良い勝負になりそうだった。
 だから疑問なのだ。
 連れて帰って欲しいと言われた勇者の懇願にも近い言葉の意味も。
 自分たちにではなく、裏切り者である救世主を望む、その真意も。
 そして何より劣勢でありながら手を抜き続ける救世主の思惑も。

 視線に力を込める。
「シデとリックの場所はまだ特定されていませんね?」
 アレックスは頷く。
 それに対し一つの決断を下す。
「ならば次にこちらから仕掛ける時、私が単体で行きます。アレクとイゼアルは援護を。セイル、ライオット、リックで気を逸らして下さい。そしてシデに最後を」
「もう決着を付けるのですか?」
 意外そうな口調でアレックスは尋ね返す。
「ええ、こんな魔素の薄い世界で魔法の使用はいくら足止めが目的とは言え効率が悪い。それに帰りに門を開くことを考えると決着は早めに付けたほうが良い」
「―――無傷でというわけにはいかなくなりますが?」
 確かめるよう静かに言葉を紡ぐ。
 彼らは救世主の疲弊を待って捕縛する作戦で動いていた。そしてその作戦を立てたのは他ならぬ班長のリエーテだ。
 リエーテの瞳が揺らいだが、それも一瞬。大きく動じた様子は無い。
「わかっています。ですが多少は止むを得ないでしょう。即死でなければ何とかします」
 アレックスは苦い顔で頷く。
「―――了解」
 その言葉に頷きを返す。
 アレックスが仲間に動きを伝えているのを横目に思う。
 これでいいと。
 後は機を見てこちらから動くだけだ。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 着地した場所で荒い呼吸を整える。
 戦闘開始から数分、まだ致命傷を与えるに到っておらず疲弊する一方だ。
 一体後何分自分は戦える? 何分足掻ける?
 整わない呼吸と体の不調に眩暈(めまい)がする。
 いっそこのまま倒れて、意識を失ってしまえば楽になれるのにと心の奥で(ささや)く声がする。
 だがそんなことは認めない。
 認められない。
 他の誰が認めようと、自分が認めることだけは在り得ない。
(足掻ける限り足掻き続けてやる)
 この程度の危機は何度もあった。
 これ以上の危機も何度もあった。
 だったら今回も同じだ。
 焦りを消し慎重に対処すれば問題ない。

 冷静な部分は戦略を練り続ける。
 最良の道を。
 最善の道を。
 体の不調を堪え、思考の回転を早める。
 幸い敵はこちらを生け捕りにするのが目的であって、殺す気は無いようだ。
 敵が放ってくる魔法は精々中級まで。直撃すれば動きが鈍って終わりだが殺傷能力はさほど高くない。
 もし相手が殺す気であれば、もっと早く決着はついていただろう。
 だがこのままでは負けてしまうのは目に見えている。
(・・・・・・しゃーない)
 覚悟を決める。
 不安の残る奥の手だ。
 実戦でのデータは収集したことが無い。
 それ以前に使用したことすら無い。
 机上の論だけで作り上げたシステム。
 だがそれに文句を言っている暇も無い。
「スザク」
 実体を持たず、自分の中に意識としてのみ存在する使い魔の名を呼ぶ。
(イエス、マスター)
「DB及びACの封印(プロテクト)Lv1解放(リリース)
(了解。―――御武運を)
 言葉と同時、右側面に薄緑の半透明なウィンドウが展開される。
『PRS ver1.01 Messiah Special Edition 起動』
悪魔の祝福(デモンズブレス) Lv1解放』
天使の呪い(エンジェルカーズ) Lv1解放』

 手甲のせいで視認できないが、左手の甲に薄く二対の羽が浮かんだのがわかる。
 それと同時、以前より弱く力場に特殊能力が付与される。

 システムの意図そのものは上手く稼動しているが、その出来には眉を顰めざるをえない。
 スザクのバックアップがあってもまだシステムの展開から起動までに時間が掛かる。
 何より脳の奥をジリジリと焦がす焦燥感。
 完全にラシルからの影響を遮断できていない。
「スザク、封印解放による漏れはどのくらいだ?」
(2.4%です)
「1%以下に押さえれるようにPRSの組み換えを急げ」
(イエス、マスター)
 システムを弄るのは使い魔に任せ、設定(プロパティ)を変更する。
「設定変更、ACの効果を吸収(ドレイン)にのみ傾斜分配」
『了解。設定の変更を適用しました。
 注意:解放がLv1の状態では当たり判定が自動(オート)で行われません。手動(マニュアル)で判定を行ってください。』
 一度ウィンドウを消す。
(さてと、次いきますか)
 体の不調を意識しないよう軽い思考で身を落とし、一気に跳ぶ。
 一番近い場所に居た敵に刀を振るう。
 当然のごとく防がれる。
 再び交差する刀と剣。
 刀身を加圧していなければ剣に対して刃毀(はこぼ)れの一つや二つしたかもしれない。
 刀の耐久力を心配しながら剣を弾く。
 火花が散る。
 そしてまた交差する。
「はぁぁっ!!」
 言葉と共に気合を籠めて押し通す。
「ぬぅ・・・・・・」
 敵も加圧比率を上げ押し返してくる。
 その力に逆らわず先に身を引き飛び退く。
 だがその先には予想通り魔法が放たれていた。
(いけるか?)
 2時方向から飛来する二連続の風の圧。
 牽制のために放たれたソレらは、躱そうとうと思えば難なく躱せた。だがあえてその場に残り、腰を落としたまま向き直る。
 その無謀ともいえる挙動に敵は息を呑む。
 神経を研ぎ澄ませる。
 ミスすればそれで勝負は決まる。
 判定は一瞬が二つ。
 その一瞬に意識を合わせる。
(くる)
 息を吸い、右手の平を突き出す。
 次の瞬間奇妙なことが起きた。
 直撃する筈だった風の圧が跡形も無く消える。
 それを見ていた者達はもちろん、魔法を撃った本人でさえ一瞬攻撃を忘れ不可解な出来事に眉を寄せる。
 理解できている本人は安堵に肩を落とす。
(上手くいった)
 二発目のタイミングはややずれて小さな傷を作ったが上出来だ。
(けど・・・・・・)
 表情を変えぬまま魔素の残量を確認する。
 予定ではLv1の解放でもそれなりに魔力を吸収できるはずだった。しかし実際の吸収量はゼロに等しい。支払った労力から言えばその恩恵は雀の涙だ。
 そして右側面に現れる黄色いウィンドウ。
 内容は負荷の掛けすぎでシステムがダウンしたという報告。
(やっぱ机上の論だけじゃ無理か)
 内心で歯噛みしながら使い魔に指示を飛ばす。
「とりあえずDB、ACを封印。PRSの組み換えは後回しにしてACの再調整を優先しろ」
(イエス、マスター)
 その言葉を聞き終わる前に敵が斬り付けてくる。
 最初に驚きから立ち直ったのは指揮官らしい女性だった。
 スピードの乗った一撃を刀で受け止める。
「驚きましたよ、流石は救世主です。先程のは一体どんな手品(トリック)なのですか?」
 その声には興奮の響きが含まれている。
 切り結ぶ剣を刀で弾き、答えと共に上段から切り落す。
「答えてやる義理はねぇ!!」
 振るった刃は鼻先で避わされ、逆に打ち込まれる。それを間一髪で防ぎ火花が散る。そして距離を置かず交差する。
 踏み込み、斬り、防ぎ、突き、躱し、薙ぐ。
 息を吐く間もなく交わされる剣戟。
(マズイ)
 周りの敵が呪文を詠唱している。今までの魔法とは違う殺傷力の高い物だ。
 詠唱を妨害しに行きたいが、目の前の敵が邪魔でそれもままならない。
 頭痛が酷い。額に脂汗が滲む。それを不快に感じながらも拭うことができない。
 散漫になりかけた思考で振り下ろした刀は空を切る。
 そこで敵が大きく距離を空ける。
 その動作は周りの敵が詠唱を終わらせたことを意味していた。
 咄嗟にその場を離れようとして、膝が落ちる。
「くっ」
 魔法は既に敵の手から離れている。
 倒れる動きに逆らわず、そのまま横に転がる。
 魔法をギリギリで避け、それが地面に着弾し爆風が起こる。
 熱と礫を感じながら転がる勢いを殺さず起き上がる。
 無様だ。そう思いながらすでに体は次の行動に移っている。
 先程、放たれた魔法と未だに詠唱中の物を含め5つ。
 敵の数と魔法の数が合わない。
 力場検索(フィールド・サーチ)をすれば反応が一つ増えている。
 これで本当に1対6になったわけだ。
 残り4つの魔法を防げば状況は改善するだろうか?
(んなこと知るか)
 自問に対し、適当な自答を返しながら駆ける。

 次々と飛来する氷塊。行く手を阻む竜巻。大気を奔る雷。
 その全てを躱すものの完全には避けきれない。
 いくらかは防御力場を貫通し傷を作る。
(まだだっ!!)
 傷から血は滲むが致命傷はない。
 4つの魔法に耐え、最後の1つに意識を向ける。
 そしてこれこそが本命だったことに気付く。
 校庭の端で完成された魔法陣。
(オイオイ)
 心の中でツッコミを入れるもこの距離では間に合わない。
 術者の口が動き、光学系の追尾魔法が発動する。
 光条が自分を目掛けて飛んでくる。
「ちっ」
 駆けていた足を更に加速。
 追尾機能が付与された光弾は後を追ってくる。
「くそ」
 短く悪態を吐き、走りながら上着を脱ぎ捨てる。
 遅れて追ってきた光弾の半分が上着に接触し爆発する。
(残り半分・・・・・・どうする?)
 今のは上着に防護陣が編み込まれていたからできた芸当だ。同じ手はもう使えない。
(だったら!!)
 振返らず鞘を地面に突き立てまた走る。
 そして背後でまた爆発。
 振返って見れば残りの光弾は二発になっている。
(これなら)
 刀を振るい、光弾を払う。
 一つ目の光弾を払ったところで刀が折れる。
「っつ!?」
 考える間も無く、残った柄の部分を最後の一発に投げつける。
 至近距離で爆発が起き、腕で顔を庇う。
(なんとか防ぎ切れたか)
 荒い呼吸で安堵する。
 だが丸腰。次は耐え切れない。
(まだなのか?)
 そろそろ時間的には十分。布石が機能してもいい頃合だ。
 体の不調から散漫になる思考で必死に考えていた矢先、すぐ背後で低い男の声がした。

「流石、救世主。その体でよくあの猛攻を耐え切りました。ですが―――」

 背中を伝う汗をリアルに感じながら振返る。

「チェックメイトです」
 始めて見る男が剣を振り下ろす。

 直後、鮮血が舞った。



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