3-5

「忘れじの王国の、咎?」
 聞き返してくるレージに向けて更に問いを返す。
「聞いたことくらいあるだろ? 栄華を誇ったある王国の、ある技術」
 朗じるは古典の一節。
「一夜にして滅びし王国。残されしは、呪いの大地とヒトの咎」

 遠い昔の御伽噺。
 十中八九が偽りの、寓話。
 真偽を確かめた者はおらず、けれど物語の結末と同じように不毛の大地が続く場所。
 誰もがその王国の名を忘れ、都が滅び去ろうとも、王国の犯した罪と咎だけは物語として残り、語り継がれるようになった。
 ヒトと精霊の契約。ヒトが忘れてはならぬ罪。故に忘れじの王国の咎。

「じゃぁ“核”って・・・・・・」
 静かに頷く。
封精核(マテリアル・コア)。似せて作られた紛い物なんかじゃない、本物の。忘れじの王国が行使した、ある技術」

 上位精霊を人工的に封じ込めた石。
 それが生み出すエネルギーは果てしなく、けれど人と精霊が(たもと)を分つ原因ともなった禁断の技術。

 それを一体どんな手段であの狂人が手に入れたのか。
 知る術は無いが、見過ごすわけにも行かない。なによりこの世界を王国の二の舞にするわけにはいかない。

「まさか・・・・・・冗談だろう?」
 レージは無理矢理に作った笑みを見せる。
 そう、遠い昔の御伽噺だ。十中八九が偽りの。
 だが残りの一が―――十の中の一が、絶対を否定する。

 疲れた笑みで答える。
「残念だけど、ね」

 何故こうも問題事が降って沸いてくるのか。
 どうせ起こるなら勇者や英雄が居るところで起こってくれればいいのに、と。
 問題の押し付けだとも思うが、わざわざ星を跨いで来られても迷惑だ。

 つくづく運命とか神様とか、そういったモノに見放されている自分が、酷く滑稽に思える。
(もっとも端からその存在を信じちゃいないけどね・・・・・・)

 努力して日常に溶け込もうとしても、結局異物は排除される運命に在るのだろうか?
 だとしたら自分は―――

 知らず拳を作っていた自分に気付き、今の考えを隅に追いやる。
 優先される懸案事項はあの機体だ。

「―――レージリス=クルトゥナ中佐」
 友人としての会話ではなく立場あるものとして真剣に名を呼ぶ。
「なんでしょう? 救世主」
 同じように真剣な声で応えてくれるのは有難いことだろうか?
「貴兄等に願う。可及的速やかにあの機体を無力化、解体し“核”を解放して欲しい」
「その方法は?」
 頭を振る。
「その方法は私も知らない。ゼツ=バールハム・ジスク=オブライエンにでも聞いてくれ」
 あの老人が大人しく吐くとも思えないし、知っているかは大きく疑問だが、今はその事実をあえて伏せる。
 レージは眉を寄せ、砕けた声音で問う。
「―――要するに、さっさとあの危険な爆弾を持って帰れって事か?」
「ああ」
 即答に顔を歪ませる。笑おうとして失敗した、泣きそうな表情。
「そんなにこの世界が大切か?」
「意味の無い問いだな。もしアレがこっち世界で作られたものならこっちで処理する。同じように、向こうの世界で作られたのなら向こうで処理させる。それだけだ」
 ならばと再び真剣な声で問いを放った。
「救世主。貴方は我々と共に来てくれるのか?」
 真摯な眼差しに、目を閉じて思考する。

 『努力』して日常に溶け込もうとしている時点で、既に自分は異端者。
 日常に生きる者へ、非日常を紛れ込ませる厄災。そんな己の生きるべき場所は非日常が日常の世界。
 もう限界なのかもしれない。この世界に居続ける事は。それでも―――

「・・・・・・俺は、帰らないよ」
 静かに断言する。
 レージは何も言わなかった。
 怒りも呆れも失望も。ただ黙って、言葉を受け入れようとしていた。

 長く続いた沈黙は第三者によって破られる。
『隊長!! グレン内部に高エネルギー反応。あの時と同じです!!』
 焦った声でグレーの機体の操者が叫ぶ。
「あの時?」
 問い掛けた時には、既にレージは背を向けていた。
「グレンの起動実験中だったんだよ。それがいきなり起動してな」
 肩越しに語る声はどこか諧謔(かいぎゃく)的で
「これもあの爺さんの差し金かね?」
 軽やかに笑った後、真剣な声で尋ねてくる。
「なぁ、シュウ? アレを停めるにはどうすればいいと思う?」
「・・・・・・四肢を砕いて、とりあえず動きを封じろ。胴体部だけを持って帰ればなんとかなるだろ」
「分った―――全員聞いたな?」
 レージは背を向けて自機へと走って行く。走りながら僚機へ指示を飛ばしているのが小さく聞こえた。
 その背に迷いは無く、自分達で決着をつけようとしている者の背だと思った。
 コクッピトハッチが閉まり、関節がアンロックされるのを見ながら呟く。
「―――逞しいねぇ」
 どこかの馬鹿な国とは大違いだ。
 多分、次に戦争をしたらすぐに負けるんだろうなと他人事のように思う。

 大地を揺らし巨人が再び動きだす。
 それに反応するように結界が発動し、校舎が白い壁に包まれる。
 それを結界の外側から熱の無い瞳で傍観していた。


 ◇ ◆ ◇ ◆

 横たわったままの紅い機体(グレン・ノヴァ)を潰しにかかる。
 グレーの機体がグレンの脚部を狙いフィールドサーベルを振り下ろす。
 突如、青白い刃の先に火花が散る。
 グレンが間一髪のところで自身のサーベルを使って青線を防いだ。
 互いの力場(フィールド)が干渉し合い、激しく火花が狂い咲く。
 倒れたままの姿勢からグレンは背面の加速器(ブースター)を全力で吹かし、そのままグレーの機体に強引なタックルを見舞う。
 派手な音が響きグレーの機体が吹っ飛ぶ。
 そのまま離脱を試みるグレンを遮るように二機が立ち塞がる。
 二機を相手に力押しは無理と判断したのか、スラスターと翼を使い軌道を上にずらし上昇を掛ける。
 だがその動きを読んでいたヴォストーラが、更にその上から浴びせ蹴りをかます。
 蹴りを肩口にくらったグレンは急速に落下。
 地面に叩き付けられる直前に再度加速器を吹かし体勢を整える。
 その隙を逃さず、二機がサーベルを振るうも躱され、更に反撃を受ける。
 グレンは腰にポイントされていた突撃銃(アサルト・ライフル)を右手に構え、三点バースト射撃を四連。
 計十二の弾丸が赤い尾を引き、右側に立っていた機体の力場を揺るがす。
 片方の機体に狙いを絞った発砲は移動しながらにもかかわらず、恐ろしいまでに狙いが正確だった。
 部分的な負荷に耐え切れなくなった防御力場が、弾丸の貫通を許しグレーの機体の装甲を削る。
 それをフォローしようと片腕の無い、もう一機がグレンへ不用意に接近したのが拙かった。

 左側面から斬りかかって来る機体に対し、グレンは自ら一歩近付くことで間合いを外し懐に入る。そのまま相手の勢いを利用して肘鉄、裏拳。
 持っていた突撃銃を宙に投げる。
 自由になった右手で正拳突き。よろめく相手へ後回し蹴りを追加。落ちて来た突撃銃をキャッチ。発砲。
 頭部が吹き飛ぶ。
 首から下は校庭に盛大な溝を作ってその動きが停まった。

 流れるような連撃を見て眉をしかめる。
 あのモーションパターンは途中まで見覚えがある―――と言うより身に覚えがある。
 嫌がらせの為に自分の行動パターンをトレースさせたとしか思えない。
「やってくれる」
 忌々しく吐き捨てる。あの狂人なら喜んで考え付きそうな事だ。
 膨大なデータを基に制御を機械に任せ、出力の維持や力場の形成に“核”を利用しているのだろう。

 最初に吹っ飛ばされた機体と銃撃を喰らった機体。そしてヴォストーラ。
 数の上ではまだ有利。
 ただ、撃墜するわけにはいかないので決定打が不足している感が否めない。
 対してグレンは、動きを見る限りこの場から逃れる事を優先しているようだった。

 ふと疑問が浮かぶ。
(逃れて何処へ行く?)
 帰るべき場所などこの世界に存在せぬだろうに。
 ただ彷徨い続けるのか? この世界を。

 考えている間にも状況は進む。
 グレンが更にもう一機を打ち倒した。
 これで二対一。
 幾ら相手が捕獲を狙っているとは言え、強い。

 ヴォストーラが僚機を下がらせる。
 決闘のように向かい合い、開始の合図が無いまま闘いが始まる。
 互いが加速器を全力で吹かし、正面から組み合う。
 均衡は長くは続かなかった。徐々にヴォストーラが押されていく。単純な力勝負ではやはりグレンに分がある。
 無理をせずヴォストーラは後退。サーベルを構え、突進。横薙ぎの一刀は躱されグレンはそのまま空へ逃れようと飛翔する。
 ヴォストーラも逃すまいと追従。迎撃の必要性を感じたグレンは宙でサーベルを構える。
 青白い刃と刃が斬り結び、再び火花が咲く。
 二度、三度と刃を振るう毎に間隔が短くなっていく。
 突いては躱され、薙いでは火花が散り、鋼と鋼がぶつかり合う。
 七度目にしてグレンの刃が空を斬った。
 それを好機とし、ヴォストーラの力場がサーベルに収束される。
 青白い煌めきが弧を描く。
 一刀で左肩を切断。そのまま脚も切り落とそうと二太刀目を振りかぶった瞬間―――

 紅い機体が咆えた。

 ガともオとも聞き取れる叫びはまるで痛手を負った獣のようだった。
「!?」
 驚いたのは自分だけでは無い。
 操者であるレージもまた、突然の出来事に振りかぶったままの姿勢で動きが停止していた。
 そして、その隙が勝敗を分ける結果となる。

 グレン正面の空間が波紋のように揺れる。揺れは一瞬で血色の線と文字を描く。
 それが何であるか。正確に理解した瞬間、叫ぶ。
「避けろぉぉぉ!!」



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