3-9

 付いておいでと、歩き出した義父の後を歩く。
 広い家とは言えギリギリで一般家屋に分類される規模の家だ。さほど時間を要さず目的地らしき場所に着く。そこは
「物置、ですよね?」
「うん。物置と言われるのはちょっと心外だけど」
 古い箪笥とか、古い机とか、古い壷とか、古い巻物とか。とにかく古そうなものを詰め込んだだけの部屋を物置と呼ばずして何と呼ぼう? 倉庫か?
 探せば値打ちのある骨董品でも見つかるかもしれない程度には物がごった返しで詰め込まれていた部屋だった場所である。
 記憶と違うのは中で眠っていたであろう荷物が、廊下にあるいは他の部屋に移され、変わりに地下へと続く階段が部屋の隅で口を開けていた。
「・・・・・・」
 温度差に因る風の対流だろう。微かに湿った黴の臭いが鼻に運ばれてくる。
 義父は無言で先に階段を下っていく。
 その後を同じように追う。

 急な階段を慌てず、然りとてゆっくりともせず、一段一段下っていく。
 黴臭さとは裏腹に、通路にはしっかりと明かりが点いており足元が危なくなる事はない。
 ただその光源は壁自体が発光しているようであり、しかも自分達、前後五段しか照らさない。
 自動感知式にしては不親切だし、同じ光景が続くのでどれだけ下ったのかを確認する事も出来ない。
(と言うよりはむしろ・・・・・・)

「結界だよ」
 事も無げに義父が明かす。その答えにやはりと思う。
「神崎の当主の許しを得ずに此処に入ると迷わされる」
 説明する義父の声は少し硬い。
「宗家の石段みたいですね。こういう仕掛けが当時の流行りだったんですか?」
「流行かどうかは知らないけど、宗家のよりこっちの方が性質は悪いよ。アレは『試し』が結界の本質。途中で降りればそれで終わる。けど、こっちは『拒絶』だからね。一度迷えば幽界と顕界の狭間に囚われ―――」
「帰ってこれなくなる?」
「そう。コレは既に何人も狭間に送っていると。そう聞いてる」
「おっかないですね」
 感情を込めず、他人事のように言う。
「うん。今はもう無いけど、昔は入り口にちゃんと注意書きが張られてて。それでも両手では足りない数の人が足を踏み入れた」
 字が読めなかったわけでもないだろうにねと、義父は軽蔑と憐憫の混じった複雑な呟きを漏らす。

 ()に恐ろしきは人の欲と。そう言ったのは誰だっただろう。
 命を懸けてでも秘密を暴こうとした人の欲と、命を奪ってでも秘密を守ろうとした人の欲。
 罪の軽重は果たしてどちらにどう傾くのか。
 そして今、その罪の上を土足で歩くような真似をしている自分は多分―――

「ところでシュウ君。話は変わるけど君は『龍』を見たことがあったね?」
 打って変わったいつも通りの声に反応が一瞬遅れる。
「? ええ、最初の一度きりですけど」
 最初の一件以来『鬼』とは何度か対峙したが『龍』とは出会っていない。
「アレって昔はどうやって浄化してたと思う?」
「どうって・・・・・・」
 問われ、そう言えば疑問に思ったことが無かったなと振り返る。
 考えてみるまでも無くアレを処理するのは人手があってもかなり面倒そうだ。
「―――義父さんみたいな人や宗家のクソジジイみたいな実力の有る人が退治してたのでは?」
「もしくは神様の力を借りて、ね」
 ああ、その可能性もあったなと省みる。
「今でこそ結界技術の進歩、発展で妖物の出現を森にかなりの数は限定出来るようになった」
 完全に、とは程遠いけどと付け加える。
「それでも広い土地と地脈を犠牲にしなくてはならない」
 地脈に楔を打ち込み、意図的に流れを狂わせそれを誘い水にする。
「でも、だったら昔はどうやって『龍』なんて巨大な妖物に対処していたんだろう?」
 問いと同時に階段を下りきった。
 ここからは区画が違うとはっきり分かる程に整然としていた。
 黴臭さは無く、先には白く長い廊下が続いている。
「―――その答えがこの先に?」
「うん。そしてそれが『神崎』が分家として神藤に招かれる理由となった秘宝の正体であり、人の命を奪ってでも『神裂』が護ろうとした秘密だ」
 温度の無い義父の声は、まるでこの先に在るモノを否定しているかのように見せた。
 そして脳の奥底をチリチリと焦がすような感覚。
(俺はこの景色を知ってる?)
 違う。
 知っているという表現は正確でない。だが知っている。
 自分以外の記憶(データ)を通して、自分の経験にしている。
 フラッシュバックを警戒したが、特に変調を来したりはしない。
 その事を怪訝に思いながらも前を見る。
 この先に何が保管されているのか?
 記憶の主は当然知っていたのだろうが、自分は知らない。
 にも拘らず、それが何であるのかを唐突かつ自然に理解した。
 そしてそれを不思議に思うことなく、すんなりと受け入れている自分に気付き驚いた。
(・・・・・・どっかで予想はしてたんだろうな)
 自分の予想には根拠が無い。だから消極的に否定していただけ。
 歩を先に進めようとしない義父を追い越し、前へ。
 先に在るモノが想像しているモノと違うものであって欲しいような、違わないでいて欲しいような。
 期待と言うよりは重い不吉で、不安と言うよりは軽い疑問。

 何故ならソレはこの世界に存在するはずの無いモノだから。

 緊張で硬くなっている体を解そうと息を吐けば違和感に気付く。
「あれ? なんか・・・・・・」
「父としてはもうちょっと早く気付いてほしかったなぁ」
 後を歩く義父がのんびりと呟く。
「もう二年半になるかな? シュウ君、ここに落っこちただろう?」
「―――」
 違和感の正体は力場(フィールド)への干渉。
 思い出すのは二年半前。千夏を探している途中で辿り着いた奇妙な施設。
「今は電気を通しているから問題無く設備は稼動するよ。ただ経年劣化と長期間使用してなかったせいで多少ガタがきてるみたいだ」
「・・・・・・ここはいつ造られたんです?」
「さぁ? 僕も詳しくは知らないけど、少なくとも五百年以上昔には存在したらしい。そしてここ百年は使用されてない」
「・・・・・・」
 眉間に寄った皺を人差指で解す。
 色々と計算が合わない。謎は増える一方で、解決の目処も立たない。そのことに体調不良とは違う頭痛がする。
 今はとりあえず一時保留にしておいて歩を再開させる。
 歩みを進めたその先には鉄の扉があった。
 見るからに厚く大きい鉄扉は、力尽くでは到底開きそうにも無い。加えて力場に干渉を受けているこの状態で抉じ開けるのはまず無理だ。
 扉の前に立ってみても自動ドアのように開く気配は無い。
 義父の顔を見ると苦笑して扉横のパネルに左手をかざす。
 読み取りセンサーが反応し、鉄扉が左右にゆっくりと動きだす。更にその奥、三重構造になっていた鉄扉が上下と斜めに動く。
 四歩を持って開ききった扉を潜る。
 その先は機体の整備場を兼ねた格納庫。そして目の前に―――

 一体の魔想機が待ち受けていた。



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