3-16

 カタパルトを滑り、加速度的にスピードを増していく機体。
 本来であれば気絶するようなG。だがそれは慣性力場によって中和されている。
 そして体に掛かるそれを心地好いと感じてしまう自分は。
 確実に頭のネジが二、三本飛んでいるだろう。

 視界が開け機体が宙を舞う、その直前。
 刹那にも満たない僅かな時間。
 その瞬間だけ、白い光が視界を埋める。

 光溢れる世界。

 シミの無い、無秩序で、可能性に満ちた白い場所。そこに原初を見る。
 暖かいような、寒いような不思議な感覚。
 自分という個が薄れ、世界に融けていく。
 それをどう思う間もなく思考は現実に還る。

 射出口から放り出された機体は、このままではいつか地面に激突する。
 自機とFAUのブースターを噴かせ揚力を得る。
 このままでも飛び続ける事は可能だが、目的地までは遠い。

 接近警報音(アラート)がコックピット内に響く。
 後方から高速で接近してくる物体を捕捉。
 第二カタパルトから射出されたFSCPだった。
 ドッキングシグナルを送信。
 FSCPがシグナルを受信したのを確認し自動操縦に切り替える。
 誘導ビーコンに従いコンピューターが位置を微調整し、バーニアを噴かす。機体がFSCPの上部へ着地。脚部が固定される。
 推力をFSCPに任せ、ジェネレーターの出力を抑えアイドリング状態で待機。
 後はラシルからの情報に従ってグレンを追跡。
 現場に着くまでには時間がある。その時間は空の旅と洒落込みたい所だ。

「ふぃ〜」
 一旦気を抜く。
 ぶっつけ本番で飛行というのは、チキンハートの持ち主としては荷が重い。
(ま、テスト飛行なんぞやろうもんなら御近所様からどんな目で見られることか分ったもんじゃないしな)
 その辺の折衝は義父に任せておけば大丈夫だろう。
 実際問題としては、世間を騒がしているロボットがもう一機現れたら無用な混乱と騒乱を呼ぶ事請け合いだ。
 それこそ警察沙汰になりかねない。
「警察沙汰で止まれば良いがな」
 思考を読んだ使い魔の言葉に苦笑する。
「だよなぁ」
 既にグレンの事で軍隊が動いてしまっている。
 敗北しているとはいえ、それを警察に任せるとは考え難い。
 平穏な田舎町に軍隊が出張ってきたらそれこそ目も当てられない。

 なんて事を考えていると管制室から通信を知らせる音が鳴る。
 通話をオンにし相手の顔が映るといきなり怒声が響いた。
「シュウちゃん!!」
 眉を顰め、音量に仰け反る。自動操縦にしてなかったら確実にバランスを崩していた。
 後に座っていたロキは涼しい顔をして両手で耳を塞いでいる。どうやらロキにとっては予想し得る出来事だったらしい。
「・・・・・・おはよ」
 耳鳴りが回復するのを待って、軽く挨拶をする。
 けれど返事は返ってこなかった。
 ただ険のある雰囲気がウィンドウを通して伝わってくる。
 どうしたもんかなと戸惑いを舌の上で転がし、頭を掻いてから溜息。
「なんでそんなに不機嫌なのさ? 雪」
 指摘すればその怒気を顕にするように口を開く。
「シュウちゃんこそ、どうして何も言わずに出て行ったんですか?」
 怒っている理由はそれだけじゃないんだろなーと、戸惑いと共に予測しつつ問いに答える。
「『行って来ます』の挨拶をするには、ちょっと気の引ける時間じゃない?」
 れっきとした正論に、けれど雪は眉を立て疑うような視線を向ける。
「―――じゃぁ、なんであんな無茶したんです?」
 問われ考える。
 雪が言っているのは昨日の事だろうか? それとも四日前の事だろうか? それとも他の事だろうか?
「えーっと、それってどの『あんな』?」
 問い返しに雪は予想とは違う反応を見せた。
 唇を噛むようにして俯く。
「雪?」
 どうしたのと尋ねる前に、震える声で問われた。
「・・・・・・どうして?」
「―――」
 主語の無い問い掛けに、期待されるような明確な答えは、多分無い。
 潤んだ瞳の顔を上げる。
「シュウちゃんはそうやって・・・・・・」
 堪えるような声はすぐに感情の波に潰された。
「―――別に貴方じゃなくてもいいじゃない!?」
 詰るような、責めるような問い掛け。
 前後のイマイチ噛み合わない言葉は、これから自分が行こうとしている戦場(ばしょ)に深い関係があるのだろう。

 そう、極端な事を言ってしまえば別に自分でなくとも構わない。
 偶々、救世主という役割を押し付けられただけの、タダの人なわけだし。
 幸か不幸か、それが七年前のあの日に決まってしまっただけの話。
 もし自分がこんな『(下らないモノ)』を持ってなければ多分、行かなくて済んだだろう。

 だが、『それでも』と、胸の内で返す想い(コトバ)がある。
 もしかしたら植え付けられただけの偽りの真実かもしれないけれど。
 今、この瞬間だけは自分の意思で此処に座っているのだと胸を張って言える。
 それに―――

 困った顔で微笑む。
「辛すぎるんだよ、誰かが泣いてるのを見るのは。もう―――嫌なんだ」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
 また貴方は、誰でもない誰かの為に、命を懸けるんですね、と。
 そう言えば彼はきっとこう言って否定するだろう。
『なにその頓痴気(とんちき)な博愛精神。赤の他人の為に命賭けれるって・・・・・・どんだけ?』
 とかなんとか。
 照れ隠しに彼は好んで皮肉を使う。
 それで軽薄に振舞っているつもりですか?
 貴方の事を知らない他人が見れば、そう映るかも知れないけれど。
 それも指摘すれば、やっぱり否定するんだろうなと仮定に仮定を重ねる。

 私が好きになったのはそういう人。
 直向な懸命さが優しい、でも素直じゃ無い人。
 今だってきっと本人は困った顔をしているつもり。
 けれどその瞳はとても穏やかで―――穏やか過ぎて胸が痛い。

 迷いを断った彼は強い。
 それは迷いを断ち切るだけの決意が力になるから。
 でも。
 今は。
 それが―――
 悔しくて、辛い。
 いくら私が『行かないで』と叫んだところで彼の決意(おもい)は変わらない。
 変えられない。
 彼は大きなモノを背負ってあの場所に居るのだから。
 私の我侭を優先させるべきではないのは当たり前で。
 けれど彼の心に小さな波紋をたてることすら出来ない自分が情けなく、邪で醜い感情を彼にぶつけてしまう自分が、堪らなく惨めで仕方がない。

 俯き、押し黙ってしまった私に、彼は優しい声で諭すように言葉を作る。
「僕は僕の出来る事を。君は君の出来る事を―――君にしか出来ない事をすればいい」
 俯いたまま、形だけで問いかける。
「私に出来る事なんて、私にしか出来ない事なんてあるんでしょうか?」
 答えは既に己の中に。
 そんなもの在るハズが無い、と。
 結局、私は蚊帳の外の人間だ。
 卑屈になって可愛くないと、冷静な部分が指摘してくる。
(ああ、本当に私は―――)
 彼がもし同じ事を思っていたらと思うと手足が急速に冷えていく。
 どうしようと裡へ沈み込む思考に、唐突に彼の声が降ってくる。
「ちゃんとあるよ、君にしか出来ない事が」
 のろのろと顔を上げ視線でその答えを問う。
「願ってくれよ、世界の安定を。そうすれば僅かかも知れないけれど世界は良い方に傾くから」
 答えを聞き、理解して、感情的に怒鳴る。
「そんな事、誰にだって出来る事じゃないですか!?」
 静かに再び首を振る。
「それは違うよ。『そんな事』と思える君はそれだけで稀有な存在だ。考えてもごらん? 一心に世界の安定を願ってる様な奴、君の傍に居るかい?」
「それは・・・・・・居ませんけど」
「世界平和なんて人間視点じゃなく、世界の安定というもっと高い位置から願い」
 どこか冷たく、それは余り良いモノじゃないとでも言いたげな。
「でも今はそれが必要なんだ」
 だから頼むよと彼は鷹揚に微笑む。
 でもそれは結局
「―――私は貴方の力になりたいんです」
 ポツリと漏らした呟きに困ったように頭をかき、溜息。
 それから大きく息を吸って、照れくさそうに口を開く。
「だったら片手間でいいから、俺の無事を祈ってくれないか?」



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