3-20

 互いに口上も無いまま、切られた火蓋。
 それはすぐに大音量へと変わる。
 閃光が奔り、爆音が轟く。そこから生まれるのは大輪の炎花。
 青空に咲いた花が戦いの合図。
「距離500から詠唱開始!! 300より発動!! 迎撃を密に!!」
「ッ、了解!!」
 待ち受けられていた形で始まった戦闘。
 それは空中砲台と化したグレンと距離を詰めるところがスタートだった。
「2、6、8、9!!」
 大雑把に方向を叫ぶ。
 2、9時方向を頭部バルカンとFSCPの砲で迎撃。
 6、8時方向からのミサイルはロキの操る戦輪(チャクラム)に任せる。
「!?」
 6時方向への迎撃が一瞬遅れ、至近での迎撃に爆風を食らう。
 ロキの対応がどうしても鈍い。
 理由は三つ。
 一つ。地の属性を持つロキは空中戦が苦手である。
 二つ。魔想機での戦闘経験が浅い。
 三つ。遠隔操作型武装での高速戦闘に処理が追いついていない。
「四番と六番の操作権限をこっちに移せ!!」
「無理だ。これ以上マスターの負担増は戦闘機動に支障が出る!!」
 頑固者めと、そう思いながら言い返す暇も無い。強引な機動(マニューバ)でバレルロールを行い、猛攻を凌ぐ。
 校庭で戦った時よりも、さらに武装を追加した紅機。既に形は人型と言うよりは立方体(キューブ)に近い。
 通常の機体であればエネルギー切れか、弾切れを起こしても不思議でない量を最初から変わらず―――否、激しさを一層増して打ち込んでくる。
 噛みそうになる舌で悪態を吐く。
「比喩抜きで雨霰だな!!」
 少なくとも実体弾に関しては空間にストックしている分が切れれば、いつかは弾切れを起こすだろうが、エネルギー弾に関してはそうはいかない。
 封精核(マテリアル・コア)が生み出すエネルギー量は無限に近く、その上限は果てしない。
 先にこちらの弾数が底を突くのは目に見えている。
 近づく事はおろか、反撃さえ儘ならない。防戦だけで手一杯だ。
「チッ!!」
 舌打ち。
 予想し得る展開だったとはいえ、手の出しようも無い現状を見せ付けられるのは癪に障る。
「スザク!! ウロボロスの係数値は!?」
『サブジェネレーター Ouroboros-Circle の係数値は現在2.03。尚上昇中です。』
 怒鳴るような問い掛けに、仮想使い魔は冷静な声で返す。
(間に合う、か?)
 予想していたよりも数値の上昇が早い。流石、敵機が出鱈目なだけのことはある。
 またラシルからのバックアップがそれを加速させる。
 だがそれもこの猛攻を凌ぎ切れたらの話だ。
『音声にて警告。FSCPの推力偏向(ベクター・スラスト)温度が危険域まで上昇。融解の危険性があります。直ちに通常機動へ移行後、冷却処理を行ってください。強制冷却装置作動まで15sec.』
 ウィンドウによるカウントダウンが始まる。
「マスター!!」
「聞こえてる!!」
 天地が逆になった状態で鍵盤(キーボード)を素早く操作。プログラムに介入して強制冷却装置をカット。
 カウントダウンを13で止める。
 無理矢理ジェネレーターをヴォスUのモノに載せ替えたのが不味かったか。冷却が追いついていない。無論、無茶な機動を行っているのも有る。
 だが元のままでは避けきる事もできていなかったから、結果的にはOKか。
(けど・・・・・・)
 後10秒程度でFSCPは使い物にならなくなる。
 ある程度、余裕(マージン)を考えて冷却装置は作動するよう作られているだろうが、それは期待するほどの時間ではない。
「だったら!!」
 機首の向きを180度変え、無謀にも紅機へ突っ込む。
 意図を察したロキが散開させていた戦輪を前方へ集中させる。
 敵の砲火が密集する。
「ッ!!」
「ぬッ!?」
 被弾による激しい揺れにロキが小さく呻く。
 多少の被害は覚悟の上。直撃は前方に展開した戦輪が回転で弾き飛ばし、防御力場(フィールド)疑似防御壁(イミテーション・シールド)で被害を最小限に留める。
 砲台化し動きの鈍くなった相手への特攻。
「ぅうおおおぉぉぉ!!」
 咆哮。次いで激突。
 敵の砲塔の幾つかを潰しながらFSCPは底部からくの字に折れ、瓦解していく。
 それと同時にFSCPとの結合(ドッキング)を解除し、FAUの推力を以って離脱、上昇。
 爆散。更に誘爆。
 再び空に大輪の花が咲く。
「ロキ!!」
「ウム!!」
 オマケとばかりに爆煙に遮られた先へ戦輪を叩き込む。
 その成果を確認するより早く、黒煙の中に突撃。
 サーベルを構え、見えない相手に向かって刃を振り下ろす。
 何かを切り裂く手応え。
 風に煙が流され視界が晴れる。
 そこには
「ハッ!! んなこったろーと思ったぜ!!」
 亜空間から取り出したであろう巨大な盾が召喚、展開されていた。
「ンなモンで防げると思うなぁッ!!」
 フィールドサーベルの上に力場(フィールド)を上乗せ、更に加圧(ブースト)
「裂瞬閃!!」
 横薙ぎ。一閃。
 盾を上下に割断。影に隠れていた紅機へと肉薄する。
 盾が意味を為さないと悟った紅機は距離を空けようとスラスターとブースターを吹かし上昇をかける。
「逃がすかッ!!」
 飛ばしていた戦輪をロキが操作し、ダメージを与えると同時に退路を塞ぎ上昇を阻む。
 狙うは翼。
 破壊出来ないまでもダメージを与えることが出来れば、機動力を低下させられる。
 だが今度は丸みを帯びた小振りの盾が召喚され、後一歩のところで戦輪を去なされた。
 だがその瞬間を見逃すほど操者としての技術は衰えていないし、甘くもない。
「手品の出所は解ってんだよ!!」
 何も無い空間に向けてサーベルを三閃。
 そこに蜘蛛の巣を千切るような小さな手応えがあった。
 だが逆にその間を突いて戦輪を二つ、サーベルによって破壊される。
 そしてそのまま互いに光刃をぶつけ合う。
 青い火花が一瞬で砕け、散り、流れ、再び結ばれる光刃。
 鍔迫り合いの状態でFAUと自機の推進器(ブースター)の出力を最大(マックス)まで上げる。
 それに位置エネルギーを加味してなお、力で押し負け、徐々に押し戻される。
「チッ!!」
 退くことは出来る。だが一度距離を空ければ振り出しに戻されてしまう。
 戻るだけならまだいい。
 FSCPを失った今、こちらの機動性はガタ落ちだ。
 紅機と亜空間との接続の内、三つは断つことが出来たが後二つ残っている。
 そして時間を掛ければ修復する暇を与えてしまう。
 再展開されれば、こちらが墜とされるのは火を見るよりも明らかだ。
「ッ!! ぜぇぇぇんだよォッ!!」
 全力を以って咆える。
 憎しみを胸に宿し、敵を倒す為の(エネルギー)に変換する。

 回す。回す。
 心を回す。世界を回す。
 覚悟を糧に。憎悪を贄に。
 悪意と害意を統合し、善意と慈悲を否定する。

 回せ。回せ。
 心を回せ。世界を回せ。
 (こころ)の宿らぬ鉄の臓に熱を通す。
 鮮明に。鮮烈に。峻烈に。
 想いを知らぬ鋼の臓を廻す。
 上限無く。制限無く。際限無く。
 限界まで。極限まで。無限まで。
 ソレが世界を融かすモノだと知りながら。
 ソレが世界を蝕むモノだと識りながら。
 廻し続ける。

 感情駆動強化機構(EBS)が反応し、メインジェネレーター(メビウス)が上限を超えて出力を搾り出す。
 押し負けていた状態から均衡まで戻し、そして更に上回る。
 だがそれも一瞬。
『音声にて警告:左腕部に異常発生。現在の損害は軽微。ダメージ蓄積中。なお増大。』
 左腕から力が抜け、再び押し負ける形となる。
 思考に焦りが生まれる。
 機体の性能が操者に追いついてこない。
 それ事態はままある事で、大戦中も苦労させられたしある程度は予見していた。
 だが今、この時に限ってはそれが致命的となる。

 通常の機体に搭載されているEBSでは業の保持者が放つ強大な『想い』に耐え切れない。
 EBSとは生物特有の感情(エモーション)を機械に上乗せ(ブースト)することで駆動を一時的に強化する機構(システム)であり、機体本来の限界性能を高める事が出来る。
 故に業の保持者はENを専用機とし、ENは業の保持者が専属操者となった。
 ゼノン・アーキタイプは古い機体にしてはEBSの閾値は高く、反応も良好だ。少なくとも『EN』の名を冠する機体だけのことはある。
 ただそれに伴う機体の強度が不足している。これは実際に搭乗して試してみなければ分からないし、限界下での機動を行わなければ見えてこない。

「く!?」
 押し負けていた形から、遂に押し切られた。
 紅機の刃に右肩部装甲が切り落とされる。
 更に連斬。
 左薙、右切上、切り落としと流れるように続く。
 その全てを紙一重で捌き
「しまっ・・・・・・!?」
 判断を誤る。
 光刃が左大腿部を貫通。そのまま腰の辺りまで抉られた。
 衝撃がコックピットを揺らす。
「チッ!!」
 戦輪の操作権限の一つをロキから強引に奪い、グレンへと向ける。
 その隙に左手から右手へフィールドサーベルを持ち替え、振り下ろす。
 紅機はそれを無理の無い挙動で回避し、更に戦輪を撃墜する。
「くそっ!!」
 悪態にロキが残っている戦輪、三つ全てをグレンに向けた。
 その間にインファイトのアウトラインまで下がりダメージコントロールを確認、バランサーを調整する。
 左足は完全に使い物にならない。
 右手は―――まだ使える。肩部の装甲が脱落しただけだ。
 左腕は動くには動く。だが動力の7割が伝わらない。戦闘機動に難有りだ。
 また一つ戦輪が落とされる。
(・・・・・・不味ったな)
 解っていた事だ。
 陸戦型の機体で空戦型の機体と()りあうのは無謀だという事は。
 FAUの能力は飛行の能力の獲得であり、空戦能力の獲得でない事は。
 解っていて―――忘れていた。
「アドレナリン分泌しすぎだっつーの。ただの阿呆か、俺は」
 自嘲が漏れる。
 たかだか世界の命運くらいで緊張していようとは。
 どうやら自分は、自分が思っていた以上にチキンだったらしい。
 まさに天井知らず。
「―――」
 また一つ戦輪が堕ちて行く。

 現状は将棋で言えば詰みで、チェスで言うならチェックメイトだ。
 どうにもできない状態。
(けど・・・・・・)
 無策でここまで来た訳ではない。
「スザク」
『イエス、マスター。』
「ウロボロスの係数値は?」
『サブジェネレーター Ouroboros-Circle の係数値は現在4.97です。』
 目標値である5まであと0.03足りない。
「―――ウロボロス起動準備」
『了解。サブジェネレーター Ouroboros-Circle の起動準備を開始します。起動準備完了まで60sec.』
「了解。起動準備完了と同時に臨界突破(ゼロ・ドライブ)開始(スタート)
『了解。自動起動(オート・ラン)、オン。』

 これで準備は整った。  あとは60秒間耐え抜きつつ、その間に0.03数値を稼げば良い。
「って、それが問題なんだけどさ」
 被弾による機体の損傷は無視出来ないレベルで深刻だ。
 逃げるのも無理だろう。
 FSCPを失った今、機動性では6歩くらい遅れを取っている。そして逃げていては数値を稼げない。
 だったらやることは決まっている。

 最後の戦輪が両断されたのを合図にブースターを全開にして突っ込む。
 二度目の突進を読んでいたのか、紅機は冷静な対処で間合いを開けようとして
「FAUパージ!! いっけェェェ!!」
 ボルトロックが外れ、重りを無くしたFAUが予想を上回る速度で紅機に突撃する。
 しかし、それを機械による焦りの無い判断で両断。
 爆発。
 その後には(FAU)を失ったゼノン・アーキタイプだけ。
 恐らくグレンは自由落下(フリー・フォール)に身を任せるしかない敵機の終焉を予測しただろう。
 しかし
「甘ぇんだよッ!!」
 操者(パイロット)は咆える。
限界突破状態(オーバー・ドライブモード)、レディ!!」
『ODM、レディ。』
「ッ、GO!!」
 ブースターが爆発したのではないかと疑うような光量で自機を重力に逆らいを押し上げる。
「ロキ!! 重力結界サブシステムをフルで使え!!」
「もうやっている!!」
 自壊すら前提にした突進に、機械の判断が一瞬遅れた。
 渾身の力で光刃を振り下ろす。
 敵機の装甲を削る。
 切断には至らなかったがダメージを与えた。
 更に左側のスラスターだけを全開にして独楽のように回転する。
 反応の無くなっている左足が遠心力で浮き、それを相手の腹にぶち込む。
 脚部フレームが耐え切れず、嫌な音を立てて砕けた。
 それを気にも留めず、紅機に組み付く。そこでブースターが限界を超え爆散する。
「ぐっ!!」
 歯を食い縛って衝撃に耐える。時間は後、何秒だ?
 カウントを行っているウィンドウに目を移す暇も無く、関節技(サブ・ミッション)を仕掛ける。
 左足と左手が死んでいる今、時間稼ぎに過ぎないことは分かっているが片手くらいは奪っておきたい。
 相手はこちらを引き剥がそうと暴れ回る。
「ッ!!」
 天と地が目まぐるしく入れ替わるのを堪え
「こぉんのォォォ!!」
 頭突きをかます。メインカメラからの外部映像が乱れる。
 もう一発かまそうとして、伸びてきた腕が頭部を掴み、そのまま圧壊。
 メインカメラが無くなり外部映像が消滅(ロスト)。すぐにサブカメラの映像に切り替わる。
 泥仕合もいいところだ。

 だが、それは唐突に終わりを告げる。
 紅機の顎部ジョイントがパージされ隠されていたものが露呈する。
「!?」
 そして紅機の正面に一つ。上下左右に四つ。背後に八つ。
 計十三個の円形魔法陣で構成された複合魔法陣が一瞬で展開される。
 破壊の力も、規模も、範囲も学校で見たときのものと段違いだ。

 咆哮。

 『グ』とも『ガ』とも聞き取れる雄叫びは、怒りか憎しみか、それとも別の何かか。
 放射状に広がる光に逃げ場は無く、自問への答えを探す暇も無い。
 機体は為す術も無く光に飲み込まれた。



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