3-25

 亜空間との再接続は問題なく完了。
 先程の戦闘で負ったダメージもほぼ修復し終わった紅機は、戦闘機動を解いて通常の巡航速度で飛行していた。
 微細に骨格系で不備が残っていたが戦闘機動になんら支障は無い。
 内部に収めた“核”の意思に従って当ても無く飛び続ける。
 それが今のAIの行動指針だった。
 突然、けたたましい接近警報音が鳴り響く。
 機械による疑問の無い判断で身を捻る。
 そのすぐ脇を下から上へ一瞬で何かが過ぎ去っていく。
 余りの速度に遅れて付いて来た音の壁が慣性力場に干渉し飛行を乱す。
 一瞬前、もし人間のように警報音を疑問に思っていたら。
 身を捻るのが遅れ、衝突は必須だった。
 その予測を怖いとも、恐ろしいとも感じることは無い。
 それが機械だ。
 そして、そんな事に時間を費やすよりももっと重要な事がある。

 あれは何か。

 それは疑問でなく、ただ機械の判断として不明な点を洗い出す作業だ。
 無人のコックピット内に警報音は鳴るが、それはあくまで有人だった際に不慮の事故を避けるために鳴る様、設定されているに過ぎない。
 機械であれば、近付いてくる物体を補足した時点で回避行動に入っている。つまりレーダーによる補足から回避行動へのタイム・ラグは、ほぼゼロに等しい。
 にも係わらず、そのすぐ脇を通り過ぎていった質量を持ったあれは何だ。
 通常の魔想機では考えられないスピードだった。
 そして未だに追撃が無いのも理解不能だった。
 あのスピードであるなら二撃目を放たれ、既に機体は撃墜されていなければならない。
 それが無いという事は、何らかの自然現象が原因であり敵対行動を警戒する必要は無いという事である。もしくは追撃を警戒する必要の無い単発的な攻撃だったのか。であれば以後、下方からの攻撃に注意を払っておけばいい。
 だが、しかし。
 もし、あれが。
 敵であったなら。
 それは―――勝利を収めるのは非常に困難な作業を要するだろう。
 そして高性能センサーは、あれが紛れも無く魔想機だと断定していた。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 海面と激突する直前。
 鋼の五指は空を掴んだまま。
 少年は声にならない声で叫ぶ。

(・・・・・・俺は)
 一秒毎に遠ざかる紅機にその身が届かない事を悟ってなお、射抜く視線に諦めは無い。
(あそこに・・・・・・)
 天空に臨み、翼を望む少年の心には、今や楔は存在し無い。
(あの場所に・・・・・・)
 だから―――
「行きたいんだ!!」
 操者たる少年は咆えた。

 その想いに。
 その願いに。
 生れ落ちたばかりの機械は応える。
 なぜなら少年の意志に応える為に、新しく生まれ変わったのだから。
『EHS、基準値を突破。』
 ジェネレーターが通常とは異なる音を奏でだす。
『Möbius-Fläche 及び Ouroboros-Circle クロスドライブ。』
 エネルギーの循環、伝達経路が一瞬で書き換わり、世界を侵す力が解放される。
 機体を覆う力場の形状が変化し、バックパックを中心に七枚の翼が形成される。
 六枚の大翼と一枚の小翼。
 それが何を意味するのか。理解するより早く、本能に従い機体に命じる。
「いッけぇぇぇッ!!」
 力場で出来た翼は海面間近の空気を一瞬で溜め込み、爆発させ、それを推進力に変換し、飛翔する。
 音の壁を易々と超え、衝撃波を引きつれ、上昇。
 雲を割り、より天へ近き場所へと。さながら、地上堕ちた流星が宇宙に還るかの如く、紅機を猛追する。
「ッ!?」
 紅機には驚くほど簡単に追い付いた。
 だが、有り余った勢いでは停まる事も出来ず、そのままの速度で追い抜く。
 虚空にぶつかる直前でやっと停止。危うくぶち当たる所だった。
 背中の方に血が偏ったような不快感を、深呼吸する事で正す。
「コイツ・・・・・・」
 とんだじゃじゃ馬だ。
 エターナルもピーキーであったがここまで酷くは―――
「・・・・・・無くもないか」
 ゲンナリとしつつも、エターナルとのリンケージが為されていて良かったと痛切に思う。
 一般的な機体の力場設定値では先程の速さに耐え切れず、音の壁によって自壊していただろう。
 また対慣性力場と軍服に織り込まれた防御陣。その二つを以ってしても身体に掛かるGは凄まじいものであり
(生涯初のブラックアウトを起こすかと思った)
 等と暢気な口調で感想を漏らすが、実際こんな所で意識を失えば再びスカイダイビングだ。そして次こそ終わりだろう。
 結論としては、飛行というには余りに荒い飛翔だった。
 機体の制御すらままならない。
 子画面を呼び出し、設定されている値に変更を加える。
 通常機動すら危うい状況で。性能を落とす事になるが柔軟に運用出来るよう設定をよりタイトな値に変える。
 鍵盤をタイプしながら横目でタイムカウンターを確認し、
(時間がねぇ・・・・・・)
 もう、いつあの封精核(マテリアル・コア)が暴走しても不思議ではない。

 こんな時に限ってロキは寝ているし、スザクではこういった微妙な調整が必要な作業には不向きだ。
 主人(マスター)として無理矢理起こすことも命じられなくはないが、気は進まない。
「―――とは言え、気を遣ってる場合じゃねぇか」
 状況を思い直し、口を開いた瞬間、
『お困りのようだね? 助けてあげようか?』
 場の空気を読まない、おどけた様な楽しそうな声。
 神経を逆撫でする聞き覚えのある声に対し、反射的に拒否を告げようとして思いとどまる。
 相手に聞こえるよう盛大に溜息と舌打ちをして、
「・・・・・・頼む」
 癪だ。心底、癪だ。状況が許すなら、その身を片結びに縛って遠投して遣りたい。
 しかしながら状況はそれを許さず、そしてこの機体を熟知しているだろう助っ人だった。
 声の主は上機嫌で、満足そうに二度頷く。
『うん、うん。素直で非常によろしい。やっぱり先輩として後輩の面倒はちゃんと見ないとね』
 本当に癪だ。
 前言撤回。精神衛生上、助っ人は頼まなかったほうが賢明だったかもしれない。
「・・・・・・さっさと働け」
 物を頼む言では無いと理解しながら、この相手とは絶望的に反りが合わないと確信めいた勘が告げる。
 相互理解という言葉から一番遠い存在。
 相手がやれやれと無い肩を竦めたのが雰囲気で伝わる。
『まぁ、いいけどね』
 気分を害した風も無く、いたって普通の口調で
『とりあえず、魔力供給路のE−28にバイパス作ってF−05に接続して』
 操作そのものは簡単なのだが素直に従いたくない自分が居る。
 それを子供っぽいとも思うが、その程度の感情で相手への嫌悪感を消せるほど物分りが良い訳でもない。
 かと言って押し問答している暇も無い訳で。
 仕方なく言われた通りバイパスを作り接続する。
 ここはビジネスライクな思考に徹して感情を無視するのが得策か。

「いやぁ、やっぱ娑婆の空気は美味いねぇ!!」
 副座から聞こえてきた肉声は夏場のビールのCMによく似合いそうな声だった。
 とりあえずバイパスの消去を一瞬で決断する。
「ストップ、ストップ!!」
 こんな所で以心伝心。全く以って嬉しくない。
 慌てて掛けられた制止の声に、断腸の思いで消去作業の手を止める。
 後を振り返り、冷ややかな視線で相手を睨む。
 そこには無駄に笑顔な男が片手を挙げて座っていた。
 自分よりもやや年上。年の頃は二十歳過ぎか。黒目黒髪で、身長も上だろう。
 どこから調達してきたのか、同じ軍服を纏っている。

「どうよ? このおニューな身体は。バリバリでイカしてるだろう?」
 無駄に若者言葉なのが一層癪に障る。殺意だけは鰻登りで、最早疑う余地も無い。
「とりあえず死ねばいいと思うよ? と言うかむしろ死ね。今すぐ」
 手の平を上に向けて肩を竦める。
「やれやれ、最近の若者はすぐに乱暴な言葉を使いたがる。これも時代の流れかねぇ? 大人(ぼくら)からすれば粋がってんじゃねぇよ、って感じ?」
 お前にだけは言われたくないですよねーと無闇矢鱈にスマイリィ。

「そういう台詞は鏡見てから言え」
「あ、鏡持ってるの?」
 貸して貸してと厚顔にせがまれる。
「イケ面が映るのは分かりきってる事なんだけど、やっぱ身だしなみには気を遣わなくっちゃね」
 顎に手を当てて小さく不敵に笑う。
 生憎とそれが格好いいポーズなのかどうかは分かりかねるが、反りが合わない事が勘だけでなく、理性で理解できたので良しとしよう。
 エンターキーを押してバイパスを消去すると、男の姿が透けていく。
「ちょ!? タンマ!! お前、何無言でヒト消そうとしてんだ!?」
 いやぁ、残念ながら現在進行形(けそうと)じゃなくて、過去形(けした)なんですけどね?

「やーめーてー!! お代官様ー!!」
 いや、俺、お代官様じゃないから。

「ギャー、働きます、働きます!! 無駄口叩かないで働きますから!!」
 再度、バイパスを構築すると姿が鮮明になった。
 男は安堵の息を吐く。
「ふぅ、危うく殺される所だった・・・・・・」
 最初から死んでるくせによく言う。
(・・・・・・ん? いや、待てよ。殺せるんなら後腐れなく今やっとくべきか?)
 将来的な事も含めて、凄く良い考えのような気がする。
「はいはい、物騒な事考えるのは後にしましょうね?」
 舌打ち。
「いらん時に限って正論だな」
「ま、優秀だから」
 本当に癪に障る。
 気を取り直して真っ当な問いをぶつける。
「んで、わざわざ実体化する必要はあるのか? システムのサポートだけなら別に実体は必要ないだろ?」
 互いに鍵盤をタイプしながら言葉を交わす。
「気分、と言いたい所だけど数字だけじゃ見えてこない部分は多々在るからね」
 涼しい顔で高速でタイプしていく。
「君の癖を含めて、実際に体感した方がより高い精度が望めるだろ?」
「・・・・・・」
「とりあえず、機体制御、及び火気管制はこちらでチェックを入れとくから、僕の事は気にせず戦闘に集中したまえ」
 鼻で笑って答える。
「端から気にするつもりなんて微塵もねぇから安心しろ。サポートさえしっかりやってくれればそれでいい」
「OK、馴れ合いよりも実利を。殺伐とした関係くらいで僕等には丁度良い。これで意思疎通はバッチリだ。―――しくじるなよ」
「そっちこそ」
 鍵盤を消し、クリスタル・インターフェースを握る。
「うわぁ、何このチキン設定? いくらさっきの加速がアレだったとは言え、これは無いわぁ・・・・・・」
 一々煩い。人の勝手だ。そして黙れ。
 やや引き気味の呟きを無視して、
「!?」
 足元から飛来した力場の弾を回避。
「こっちへの戦略プランを長々と練ってくたようで在り難いですネ、っと」
 翼を得た事で三次元的な機動が可能となり、最小限の挙動で弾を回避する。
 徐々に飛来する間隔は短くなり、一度に飛んでくる弾の数は増え続ける。
 恐らくこちらの性能を測っている。
(機械の癖に用心深いこって)
 むしろ機械だから、なのかも知れない。
 だが生憎とそれに付き合ってやる義理も無ければ時間も無い。
「行くぞ」
 短く告げ、弾の飛来する方向へ飛翔する。



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