4-13

 強制的に整地された場で。
 痛みに膝を着く英雄を、かつて救世主だった少年が見下ろす。
 この場合、文字通りに地面を整えた訳では無い。

 使い魔の作った亜空間内ではあるが、音は聞こえるし、光も通す。
 英雄との決闘の場として、横槍が入らないよう、過度に頑丈に作られているだけだ。
 ならば量子通信だろうが思念だろうが邪魔さえしなければ種類を問わず交信は可能な訳で。

 果たしてラシルからのバックアップは横槍としてカウントされるのだろうか。
 英雄が業の解放をやってのけた段階で答えは出ているが、Noである。
 それは正しく“業”であり己の一部。
 故に切り離すことは通常できない。
 当然そこには彼らの持つ業が元来の意味としての“業”と、システム的な意味での“業”という両方の面を併せ持つ。
 さらに輪を掛けて、特殊な高次システムである事も理由の一つであり、そのプログラム権限は他のプログラムを凌駕する。

 だから。
 それ故に。
 本来なら切断されないモノを、真っ当な手順で断ち切る為に。

 回線をパンクさせた。

 魔術はその公式において一定の結果しか出さず、それゆえに逆算は割と容易だ。
 魔術とは結果として大小の違いはあれどその事象は同一である。

 火を打ち出す魔術を例にあげると。込める魔力の量によって火の大きさや飛距離が変わる。これが大小の違い。
 だが大小の違いがあっても、火が出るという事象は同一となる。

 対して魔法は構文法の理解の深度と解釈の相違により、事象が異なる。
 魔法によって火を打ち出すという行為は千差万別の意味を持つ。

 それが『魔“術”』と『魔“法”』の違い。

 カウンタースペルの構築は機械的な作業で一瞬以下の時間で終わる。幾万通りの結果をトレースすること自体にラシルは痛痒すら覚えない。
 しかし、無駄な作業であることは確かで、それを実行するリソースは有限だ。
 それは結果的にノイズを生む。
 そして作業効率を落とさない為に、ラシルはノイズを消そうと試みる。
 だからそれを逆に手助けしてやった。

 九字による強制的な場の整地。

 本来は霊的な場の構築、および退魔系の術式の発動。
 それを解釈による強引な論法により歪めた結果。
 害意は無く、そこに居るだけならばアンデッドを始めとする死霊系以外でダメージを受けることの無い、基本的には無害な魔法だった。
 ―――善悪を問わず無差別にその場からのリンクを断ち切ることを除けば。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 相手に気付かれないよう息を整える。
 こちらの魔力の消費もそれなりに馬鹿にならない。

 強者はラシルからのリンクを強制的に切断されたことの痛みに。
 愚者は魔力の減少に。
 互いに譲れない想いを胸に、膝に力を入れる。

 態勢の整っている愚者が先手を取る。
 慈悲か、傲慢か。元々残り少ない魔力を費やして魔法を行使する。
「死ぬなよ、英雄」
 暴力的な笑みを向け、一息。
「スター・ティアーズ」
 右手を天に伸ばし、詠唱。その終了に一瞬遅れて空が輝く。
 天蓋と呼ばれる星の張る強力場と、術者に呼ばれた星屑が拮抗し灼化する。
「スターダスト・レイン」
 静かに、神経を研ぎ澄ませるがごとく詠唱を重ねる。
 空が罅割れる。
 二重の衝撃に耐え切れなくなった天蓋の一部が剥離する。そして
「潰れろ、メテオ・ストライク!!」
 勢いをつけ右手を強者へと振り下ろす。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 ノロノロと立ち上がり、天を仰ぐ。
 避ける、という発想は端から頭に浮かばなかった。
 それがリンクの強制切断の弊害なのかは分からない。

 空間・時空系列複合戦略級魔法を三連。対人としては破格も破格。オーバーキルも甚だしい。
 相変わらず自重という単語を知らない男だ。
 一応、戦術級まで効果を縮小してはいるようだが、手加減と言うよりも残存魔力の兼ね合いからだろう。

(全く・・・・・・)
 色々な想いの籠った溜息が出る。
 見上げる空から自分を目掛けて黒い点が近付いてくる。
 自分達を囲む結界は墜ちて来る石に対してはスルーらしい。
 不公平だよなぁと思う心は穏やかだ。

 全力で。

 疲れからか、思考が単調になっている。
 先程まで感じていた怒りや憤りが嘘のようだ。
 それでも握る剣の重さが、これが現実だと教えてくれる。
 だから気を抜けば死ぬ。
 その現実味の無さに笑い出したくなる。どこか変なスイッチが入ってしまったのだろうか。
 ちらりとシュウを見れば、剣を杖にやる気の無い格好で高みの見物を決め込んでいた。

(ああ、本当に・・・・・・)
 相変わらずだ。
 それが分かって嬉しいと感じる自分の気持ちを、今は素直に受け入れられる。
 その確執は深いものであったはずなのに。

 内へ沈み込みそうになる意識を正す。
 身に迫った脅威に対処する。
 力場(フィールド)を練る。厚みを持たせ層を重ね、しなやかでいて硬く、何者も徹すことのない盾。
 魔力を付加し魔術的な抵抗と盾の硬度を嵩増しする。
 更に魔術的に強化された力場の盾を加圧(ブースト)する。
 出来上がった重厚な盾を上部に展開。腰を沈め、剣を担ぐように構える。
(来る!!)
 来た。
 その衝撃だけで一瞬意識が飛び掛けた。
「お・・・・・・」
 重い。その重さに擦れた声が出る。だが
「お、おおおぉぉぉ!!」
 叫ぶ。気合を入れて抗う意思を音として世界に伝える。
「ッ!?」
 だがそう易々とは行かない。抗いの意思を文字通り押し潰すように圧が強まる。
 超質量に対して盾よりも先に足場が耐えられなかった。慌てて足場を強化するがその一瞬で力の天秤が大きく傾く。
「・・・・・・」
 絞り出す声も出ない。
(このまま押し潰されて終わるのか?)
 折れそうになる心へ自問する。
 死にたくは無い。だが理由が無い。

 ―――本当に?

(無い訳無いだろ!!)
 死にたく無い。理由なんてそれだけあれば十分だ。
 そして何より
(負けたくねぇ!!)

 自重を知らん救世主にも。
 死ぬなよと言った救世主からの期待にも。

 負けたく、無い。
 負けない為に、まだ死ねない。

 振り絞った全力の先で、死力を尽くす。

 このまま守りに徹するだけでは負ける。
 だから抗う。
 力場の形状を変更。耐える形から貫くイメージで。
 圧が一段と重くなる。今まで面で支えていたモノが点の形へと変えたのだから。
 だが想像の内にある脅威ならいくらでも対処は可能だ。

 汗が噴き出る。
 血が滲む。
 体が限界に悲鳴を上げる。
 それを

「!!」

 力場を全開放。
 一瞬だけ隕石が浮き上がる。
 その一瞬で剣を構え直し、突き上げる。
「砕け散れぇ!!」



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