EX3-1

 けたたましいアラームが廊下に響き渡っている。
 先程から鳴り止まない警報を鬱陶しく思うと同時に、出来の悪い夢の中に自分は居てこれは目覚まし時計の合図なのではないかと、そんな莫迦げた考えが何度も頭を過ぎる。
 だがこれは紛れもない現実だ。
 そんなことは重々承知している。
 それでいて尚、莫迦な考えが浮かぶのは、直視したくない現実とこれから起こりうる最悪の未来を想像したくないからだ。
『封印区画、第七隔壁突破されました!!』
 悲鳴のような報告に対し、廊下を走りながら矢継ぎ早に指示を送る。
 消火、救護、避難誘導、そして―――撃墜指示。
 越権行為だと咎められるかもしれないがそんなものは後回しだ。
 まともに動けているのは“中将(たいさ)”と自分くらいか。
(他は・・・・・・)
 簡易マップに名簿をリンクさせたウィンドウを表示し、それぞれの通信頻度や位置情報のログを辿る。
(こういう時のほうがスパイは焙りだしやすいな・・・・・・)
 余分な事を考える事で、少しだけ思考に余裕を持たせる。
 ログの更新が頻繁な者は動けている証拠で、変な方向と通信をやり取りしている者はスパイの可能性が大だ。
 泳がしておくのも普通なら手だが、今回ばかりはそうもいかない。
 動けている者、また妥当だと思われる通信を行っている者に対しては正しい情報と明確な指示と権限を与え、スパイと思わしき者には偽の情報を送る。
 後は動けている者達、各々の現場判断で最良の手法をとってくれるだろう。その為の情報だ。
 権限に関しては、まぁ自分の持つネームバリューに頼っておこう。こういう時の為のモノだし。
 今は緊急事態だ。
 他の士官たちも浮足立っている
 役立たず、とは思わない。むしろ無理もないと思う方が強い。
 出来れば自分もそちらに属していたい。だが
「―――」
 唇を噛み締める。
 理由は分からない。
 だがハッキリしていることがある。それは
『ッ!? 封印区画、最終隔壁突破されました!!』
 足の裏が小さく振動する。
 あの強固な隔壁を、強引にとはいえこの短時間に全てこじ開けたのか。
「突破された隔壁の再構築を急げ!! 少しでもいい、時間を稼げ!!」
『ッ―――了解!!』
 躊躇いを含んだ応答に、通信士の苦悩を感じる。
 それでも命令に従ってくれることを感謝しつつ、格納庫の扉を潜る。

 足を踏み入れてまず感じたのは光よりも熱だった。
 貯蔵燃料にでも引火したのか、熱波と焦げた臭いに出迎えられる。
 今のところ一番被害が深刻な場所でもあった。
 今も整備兵を中心に戦闘要員、さらには難を逃れた魔想機まで動員し消火作業が懸命に行われている。
 一瞬、それを手伝いに行こうと足が向きかけたが
「―――」
 思い止まる。
 より優先度の高いことがある。
 そしてそれを成せるのは、英雄たる自分と姿を見せない勇者だけだ。
 せめてもの慰めに一声、
「この場は頼む!!」
 声に幾人かが気付く。
 気合いを入れるような何種類かの応答を頼もしく感じながら、格納庫の一番端に退避させられていた一機の魔想機に乗り込む。
 すぐにハッチを閉め、機体を起動させる。
 遠隔操作(リモート)で起動の直前まで準備は完了させている。
 操者とのリンケージが承認され、機体が動き出す。
 周りの人間を巻き込まない位置まで移動し、飛び立つ。
 視界に映る青空に黒煙が混じっている。
 それを苦々しく思いながら王城へと向かう。
 移動距離は短い。
 その短い間に通信が入った。
 通信元は
「なんです? 大佐」
 問い返す声が固いと、自分の声に思う。
 対してそれに応える声は簡潔に一言。
『戻れ』
 温かみなど無い、低い男の声。
 階級の呼称を間違えたことなど気にもしなければ、命令の理由も言わない。

 いつも通りだ。

「お断りします。―――現状で未確認敵性体(アンノウン)と交戦できる機体は自分だけです」
『“不明(アンノウン)”、な・・・・・・』
 相手が静かに口元を歪めた気配がする。
『すでに手は打ってある。戻れ、グラン=リーオハート』
 その声にクリスタル・インターフェースを握る手に力が籠る。

 軍人であるならば上官の命令は絶対だ。
 なによりこのヒトの言うことは常に冷静で的確、理に適っている。従っておけば間違いは無い。
 その命令が理不尽なように見えて、必ず最後には帳尻を合わる、慧眼の持ち主だ。
 だが
「お断りします、大佐」
 ヤレヤレと溜息を吐くような調子で
『命令違反だな』
「それでも、です」
『全くもって理解できん』
「でしょうね。ですが私は“英雄”ですから」
『確かにお前は英雄で、なおかつ有能なのは認めよう。しかし、そうであっても命令違反を許す理由にはならん』
 声を荒げることの無い平坦な口調に、苛立ちが募る。
 感情的になるのは間違いだと、そう理解している自分がいる。それが愚かなことだ、とも。
 だがその一方で、このヒトは熱が無さ過ぎる。
 冷静であり、聡明でもあり、しかし人間味が薄すぎる。
 そこにどうしようもなく神経がささくれ立つ。

 感情的になって欲しいわけじゃない。
 感傷に身を浸して欲しいわけでもない。
 ただ―――

『お前も理解しているだろう? 相手が“魔王”だと』
「・・・・・・」
『お前の出る幕はない。“勇者”に任せておけ』
 結局、勇者に魔王を倒させるのが最善の策。
 わざわざ危ない橋を渡るのは莫迦げている。それでも―――
「それでも、俺は()きます」
『感傷で自らを危険に晒すのか?』
 言われ、口を閉ざす。
 だがそれは無力感故にでは無い。
「―――だとしても、俺はこの件に関して見て見ぬフリは二度としないと、誓ったんです」
 脳裏に浮かんだ懐かしくも苦い言葉は
『いつか、平和になったら皆で遊びにいきたいものだな』
 友人との旧い約束。そして
「グラン、良いことを教えてやるよ。お前が俺を引きとめようとするのは俺が必要だからじゃない。俺の救世主としてのネーム・バリューが欲しいだけさ」

 それを思い出として終わらせない為に。
 それが既に半ば叶わぬ約束であったとしても。

『そうか』
 決意を込めた言葉とは裏腹に、返ってきた言葉はどこまでも軽い。
『だ、そうだが、どうする? 勇者』
「!?」
 驚きは二重で来た。
 大佐の放った勇者と言う単語と機体の揺れ。
『メインバランサー及び飛翔翼、損傷。』
 機械が無感動に告げる。そして
『悪ぃ、グラン』
 機体が高度を急速に下げる。その上を、勇者の愛機たるグロリアスが追い抜いていく。
 何故と、問う前に勇者が告げる。
『これは俺の(やくめ)だ。お前に譲ってはやれない』
 どこか悲壮感の滲む声に、何故と疑問の言葉を紡げない。
『本当にサンキューな。感謝してる。でも俺にも誓ったことがあるんだ。だから・・・・・・』
 だから。
 置き去りにされるのか?
 一人、蚊帳の外で。
(そんなコト!!)
 視界が赤く明滅する。
 それは己に対する怒りでもあったし、他者に対する怒りでもあった。
 他にも複雑に絡み合った感情。
 悲しみ。嫉妬。懐旧。虚栄。安堵。恐怖。諦観。矜持。他にも沢山の。
 けれど弾き出した答えは、やはりただ怒りでしかなかった。
 不満をぶつける為に口を開いたところに、絶妙なタイミングで先を越される。
『もし俺が失敗したら、その時は・・・・・・』
『ウム。初期の計画(プラン)通り救世主を使う』
「!?」
 思考に一瞬空白が出来る。疑問の声を挟む余地もなく
『じゃ俺は魔王を討って来ます』
『ああ、成功を祈る。世界の為にもな』
『ハハハ、頑張りますよ』
 乾いた笑い声を響かせる勇者に、混乱した頭では何も聞けない。何を聞いていいのか分からない。
 ただ視界には飛んでいくグロリアスの後ろ姿と、さらにその先に、小さくデザイアが見えた。
 デザイアはまるでこちらを意に介さぬように、背を向けどこかへ飛び去っていく。
 それを追う形でグロリアスが加速する。
 ただそれを見送ることしか出来ぬ自分に気付き
「―――」
 嗚咽を飲み込こむことしか出来なかった。



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