さてここまでの戦績は
一回戦 先鋒俺、不戦敗。中堅タスク、不戦敗。大将ヒロスケ五戦全勝。
二回戦 先鋒俺、不戦敗。中堅ヒロスケ、不戦敗。大将タスク五戦全勝。
三回戦 先鋒俺、不戦敗。中堅タスク、不戦敗。大将ヒロスケ五戦全勝。
となっている。
まぁ順調と言って差し支えないだろう。
試合運びが気に喰わないのか、目の敵のような扱いを一部から受けているがそれも含め想定の範囲内だ。
ただまぁその気持ちが分からない訳でも無い。
せめて先鋒で全勝して試合を終わらせるのならともかく、わざわざ不戦敗で大将戦に繋げるのだからいい感情はしないだろう。
真面目にしろと怒られても致しかたない。まだ怒られてないけど近く運営から注意を受けそうな気はする。
(こっちはこっちで真剣なんだけどなぁ・・・・・・)
自分の勝敗でチームの進退が決まる。それは多かれ少なかれ
そしてこの大会には自分たちと同じようにあわよくば、と考えている者も大勢いる。それはつまり、敗者の将来を潰す遠因にもなる。
(負け犬思考だなぁ・・・・・・)
負ける前から勝った後の、敗者の心配など腐り切った負け犬ならではの考えだ。
じゃぁそいつらに同情でもするのかと言えば
(しないしなぁ)
一体なにがしたいんだと内心で自分の思考にツッコミを入れてみるが、深い考えでもないので適当に流す。
だって自分はともかく。
タスクとヒロスケは才能の差はあるかもしれないが真っ当な努力の賜物だ。だからその二人に敗けたのなら、それは当人の努力不足か、もしくは努力の方向性を間違えているかだ。
そういった諸々の責を負った上で試合を楽しめるのなら。きっと二人は大物に成れるんじゃないかなぁと希望的観測で物を言ってみる。
ただその理由を説いて回ったところで理解は得られないだろうなと今度は陰鬱な笑みを唇に刻む。
侮ったり驕ったりしなければ、わざわざ大将戦だけに勝敗を任せるようなリスキーなことは普通しない。
普通はしないことをすれば眉を顰める輩は少なからず居る訳で。
(世間様は面倒くさいなぁ)
じゃぁ本気の全力で安牌を選べばどうなるのか。
(―――余計に面倒だよなぁ)
こんな時、ストリートファイトとは勝手が違うよねぇと思いながら左手のお握りを口に運ぶ。
昼食の時間は特に設けられていないので試合の合間を縫って各々が自由に腹を満たす。とは言っても満腹にするような者は稀で、空腹を覚えない程度の軽食で済ます者が多い。
「お兄さん、どうぞ」
「ん」
横から渡される水筒の蓋に入ったお茶を受け取る。出来た妹に一人和む。
「何か心配事ですか?」
「心配、つーか考え事かな。―――千夏から見てどうよ? あの二人」
「あはは・・・・・・」
乾いた笑い声を返す視線の先にはヒロスケとタスクが居る。
その二人を囲む大勢の女子。その手には気合の入っていそうな弁当箱。
見ているだけで胸焼けがする。客寄せパンダもビックリの集客力だ。
「モテモテですね」
「だなぁ」
横目で様子を確認してから視線を元に戻す。
観客席から見る試合はそこそこに白熱している。
チーム数も絞られ、ある程度手の内も晒している現状、このままだとあの二人も敗けるかなぁと暢気に思う。
チームの人数が少ないと試合回数は多くなり、その分対策は立てられ易い訳で。
(予定より早いけど解禁するか)
出来ればもう一試合は今のままで行きたかったが、それで敗退しては元も子もない。
「あ、居た」
突然の声へ視線を向けると、私服姿のエンが席の後ろの通路から近づいてくる。
「広常先輩、こんにちは」
「千夏ちゃん、こんにちは。あと一応シュウも」
「一応か」
「まともに挨拶したこと無いから一応で十分よ」
そうだっけと頭を捻る。確かに挨拶はするがまともな挨拶はしたことが無いような気もする。
「それにしても呆れた。本当に出場してるのね」
「一体何しに来たと思ってんだ?」
「だって出場動機がタスクの内申点の底上げでしょ? しかも勝ち残ってるし」
「ま、そこそこには強いですから」
「そこそこのチームの勝ち方じゃないでしょ、アレ。下手したら会場全部敵に回すわよ?」
「それも覚悟の上ってやつですヨ。今までの実績が無い、ぽっと出のチームが目立とうとしたらある程度の話題性は必須デス」
「つまりタスクの内申はそこまでヤバイってことね」
ホンッと呆れると冷ややかな視線を、女子に囲まれているヒロスケとタスクに向ける。
「でも微妙に本末転倒じゃない?」
「なんで?」
「だってお偉いさん来てるんでしょ?」
そう言って来賓席の方に一瞬視線を送る。
「そういう人達の
「・・・・・・」
「何よ?」
「マズイ、完全に考えてなかった。どうしよう?」
「知らないわよ」
そう言って後ろの席に腰を下ろす。
「その辺のことは一般人の私は知らないわ。格闘家から見て、そういう横紙破りの人間はどう評価されるものなの?」
問われ千夏と顔を見合わせる。
「その人次第、でしょうか?」
おずおずと千夏が口を開く。
「やはり礼儀を重んじられる方が多い一方で、武道から武術に切り替わった頃の方の中には最低限の礼節があれば気にしないという方もいらっしゃいます。流石に無しでいいと言う方は稀ですけど」
「ふーん。私たちの教育課程は完全に武術に切り替わった後だものね」
勉強になったわ、ありがとうと、普段は見せない柔らかな笑顔を千夏に向け、それを照れながらも受け入れる。
そこから雑談モードに入った二人の横で不熱心に試合を観戦する。疎外感をちょっぴり覚える今日この頃。
談笑していた千夏がいきなり観覧席の出入り口へ視線を上げる。
エンはその変化に驚きつつ視線の先を追い、自分は横で溜息を吐いた。
(メンドクセーのが来やがった)
隠す気の無い
チンピラみたいだよなぁと思う。周りを委縮させることがそんなに愉快なのかな、とも。
ちらりと見たヒロスケとタスクも動きを止めその人物を注視していた。
その人物がぐるりと会場全体を見回したのが見ずとも分かる。そしてその視線がヒロスケとタスクの所で一瞬止まり、その付近を彷徨う様にして自分の背に固定される。
直線的な敵意は安い挑発行為だ。
そんなモノで釣れると思っているのなら本当に進歩がない。
呆れればいいのか、莫迦にしたほうがいいのか。とりあえず評価に下方修正を加える。
(あ、もともとマイナス評価でしたっけ)
本気で挨拶の代りだったりするんだろうかと頭を悩ませるフリをしてみる。
周りからは島岡の姓がヒソヒソと聞こえてくる。
徐々に近づいてくる気配は自分の横で止まった。
「オイ、なんでテメェがここに居る?」
横柄で野太い声は粗暴の一言に尽きる。
無視してもよかったが
「俺がどこに行くのか、一々お前にお伺いを立てなくちゃいけないと思ってるんなら脳ミソに蛆が湧いてるんじゃないかと疑いたくなるな」
視線を試合に固定したまま答える。
「そう言うことを聞いてんじゃねぇ!!」
「当たり前だろ? 本気だったらマジで引くぞ?」
半ば怒鳴るような声に冷ややかな声を返す。
「テメェ!!」
「お前の存在自体が周りに迷惑だ、失せろ」
周りからの視線が痛くなり始めていた。こういう目立ち方は不本意だし、運営からも迷惑行為で注意されかねない。それは真面目に試合をやっていないことで受ける注意よりも重い。
凶暴であることで有名な個人戦優勝者である島岡断十郎の狼藉に、いきなり試合資格剥奪にはならないだろうが
(得策じゃないな)
険悪な空気に妹が心を痛めているのも心配だし、エンは―――どうだろ? 案外、楽しんでいるかもしれない。
やっと相手の顔に視線を向ける。
「失せろよ。言語の理解が追い付かなくなるほど脳筋なわけじゃないだろう」
青筋を立て暴れるかと思ったが小さく悪態を吐いて離れていった。
一応進歩はしているんだなとプラスの評価を加えってやる。
姿が出入り口に消えた後で、やっと周りの喧騒が戻ってきた。
千夏も詰めていた息を大きく吐き出す。
真っ先に口を開いたのはエンだった。
「あれって島岡断十郎、よね?」
「そ。凶悪粗暴で有名な島岡クンです」
「小学校が同じなのは知ってたけど。―――仲が悪いなんて聞いてないわよ」
「良いも悪いも、たまたま同じ小学校でたまたま同じ学年だったてだけの話。特にどうのこうのってのじゃないんだけどな」
「そういう科白は一つの学年が六クラスを超えるようになってから言いなさいよ。二クラス分の人数でその言い訳は白々しいわよ」
「へーい」
そこにヒロスケとタスクが駆け寄ってくる。
「大丈夫だったか?」
「当然だろ?」
「あ、シュウには聞いてないから」
「・・・・・・そですか」
ショボーン。最近、俺に対する扱いが酷い件について。
「で、あんた達。仲悪かったの?」
再度の質問はヒロスケとタスクに向けられた。
「悪かった、っていうか・・・・・・」
「あー、うん」
タスク、ヒロスケの順で微妙な表情を返す。
「とりあえずシュウと断は悪かった」
タスクが言い切り、ヒロスケが補足する。
「まぁ、昔からシュウはこんな奴だから。で断とはソリが根本的に合わなくて。断がシュウを目の敵にして、俺たちは巻き添え食らってる内にムカつく奴の仲間扱い」
「異議有り」
「無視して続けると、シュウとは最悪。俺とタスクは―――良くは無い」
「なるほど。つまり小学生の頃から碌でも無い学友関係だった訳ね」
ヤレヤレと嘆息。
「でもあの島岡断十郎が目の敵にするくらいにはシュウって強かったのねー」
感心と揶揄が均等に混じった言葉に拗ねた感情で顔を背ける。
まったくヒトを口先だけの弱い奴だと思っていたのか。
語るに落ちるほど間抜けであるつもりは無い。性格がアレなのは残念ながら認めるけど。
「お兄さんは強いですよ」
そこに意外にも口を挿んだのは千夏だ。しかも割と強い口調だったので、ヒロスケ達三人が少し驚いた顔を向ける。一番驚いたのは自分だろう。
「神崎の中でもお兄さんの実力はトップクラス、低く見積もってもランカークラスです」
(なんで嬉しそうに語るかなぁ)
「―――千夏、それは幾らなんでも言い過ぎ。俺なんて精々中の上か、過大評価されても上の下だ。それ位の奴なら珍しくはあっても探せばいる。そもそも万年、無位無段の俺はランキングにすら載れないよ」
「昇段試験、受けてないですもんね?」
有無を言わせぬ笑顔が、最近母に似てきた気がする。兄は悲しいよ、妹よ。
「お兄さん、あんまり実力を隠しすぎるのも良くないですよ?」
物悲しげな忠言に反論の意思を挫かれる。結果、本意でもないのに頷いている自分がいた。
ああ、駄目だ。妹に甘いし弱いと、そんな感想が頭の隅に浮かぶ。
母や雪や桜にも大概に甘いが反論を許す気概くらいはある。そんな中で妹は一線を画す。
(どーしたもんかな)
自覚があっても矯正出来ないあたり、すでに末期だろう。
断じてシスコンとかそう言うのではなくて。
理由を真面目に考え出した所で苦笑。
物理的に命を救ってくれた雪と桜を大切に思うように。
千夏を通すことで救われたのは過去の自分だ。
かつてその身を挺して、弟の命を守った女性が居た。
彼女は血の繋がらない弟へ、惜しみなくソレを注いだ。
注がれたソレをいつか誰かに、利子付きで注ぎ返すことが出来たなら。
失われた彼女の意思を、次代に遺せたのでないかと。
都合の良すぎる考えに反吐が出そうになる。
でもどんなに醜悪な感情でも、それが救いになるのなら。
(それで良いじゃないか)
例え自己満足の自己欺瞞であっても。
傷を舐め合う関係は不適切で、生産性など皆無だろう。
千夏は俺を懺悔の場とし、俺は千夏を贖罪の場とすることで。
お互いに分かっている。言葉に出さずとも。その異質ささえも。
同質のモノを抱え、苦悩し、生命活動そのものに意義を見出せない。
それでも生きている。死ぬのが怖いと臆病に思うくらいには。
だから、いつか、きっと。
臆病であっても、臆病であるからこそ。前に進んでいくだろう。
それまでは兄として妹へ、出来る限り助力をしたいと思うのだ。
◇ ◆ ◇ ◆
穏やかな目を妹に向ける兄に、少女も優しい笑みを返す。
そしてその二人を暖かに見守るのはヒロスケとタスクだ。
普段なら茶化しそうな場面で、どうしてと疑問に思うのはあたしだけだろう。
家族よりも、兄妹よりも、ましてや恋人よりも。
その距離は近くて、けれど近すぎて遠い。
千夏ちゃんがシュウに懐いているのは知っている。
シュウが千夏ちゃんに甘いのも知っている。
ただその関係性が傍から見て、よく分からないのだ。
互いに個を尊重し、敬い、助け、しなやかな強い絆で結ばれているのがよく分かる。
それを家族や恋人などの関係性を表す言葉に置き換えることが困難なだけで。
シスコンと冗談めかして(時に半ば本気で)言うことはあっても、それ自体が病んでもいないので依存関係でもない。
共存では遠い。共生もまた違う。
近いのに遠い理由を、付き合っていくことで、いつかあたしは知ることが出来るだろうかと、ふと思う。